「先送りは生物学的に正しい」宮竹貴久著2015年1月31日 吉澤有介

著者は進化生物学者です。進化生物学とは、生物がその長い歴史の中で、いかに生き延び、自らの遺伝子を後世に伝えるための術をどう発達、発展させてきたのかを科学的に明らかにする学問です。生物の原点、それは生きることですから、それは現代のさまざまな問題にも大きなヒントを与えてくれることでしょう。
ダーウィンは、適者生存と遺伝のメカニズムだけで生物は進化すると説きました。ところが最近の進化生物学で、「遺伝だけでは生物の運命は決まらない」ことがわかりました。
DNAには、環境に合わせた「融通性」と「適応力」があったのです。これは「エキジェネチクス」と呼ばれて、「種」そのものが「進化」し、子孫に伝えられるものではなく、個体レベルで「変容」したものだといえます。つまりこの世に誕生した後でも、「融通が利く個体がより生き残りやすい」とこなのです。またDNAレベルでも、9割近くもありながらこれまで役に立たないとされていた「ジャンク遺伝子」に、生物の変容を促進する役割を果たす重要なスイッチがあることもわかったのです。「生まれ」よりも「育ち」が重要で、そこには「生残りのコスト」に対するしたたかな計算がありました。
先送り戦術もその一つです。「食物連鎖」による捕食者から逃れるために、単なる上下関係でなく、柔軟な「食物網」が有効で持続的であることが、2003年に日本の理論生態学者から発表されて世界を驚かせました。ほどほどに食べ、お互いに先に残す戦術なのです。
「死んだフリ」もやはり有効で、著者はその事実を世界で初めて確認しました。コクヌスビトモドキという甲虫で細かく観察して、「死んだフリ」のできる個体と不得意な個体を分別し、それぞれの集団に天敵のハエトリグモを入れたら、その生存率が93%と36%になったのです。ハエトリグモは動くものに目ざとく反応しました。この論文はネイチャー誌で大きな反響を呼び、激しい論争がありましたが再度の実験による確認で決着しました。この現象は両者が混在していると、特にはっきりと出るのです。つまりウロウロしている隣人を犠牲にして、死んだフリが生き残るというわけです。これは「お先にどうぞ」でもあり、後出しジャンケンにも通じます。ところが良いことばかりではありません。「死んだフリ」グループは婚活がヘタでした。動きまわるグループのほうが、異性との出会いが多く繁殖が盛んで、太く短く生きています。戦略にもやはりバランスがあるのです。
「擬態」も弱者の戦略です。武器がなければ「潜伏」するのです。そこで捕食者は「探索能力」を磨き、食われる側は背景に同化するさまざまな変化で逃れようとします。その見えるか見えないかの曖昧さは「エッジング効果」として、科学的に解明されました。
「寄生」も有効な生き残り戦略です。人間社会でもパラサイトが問題になっていますが、生物学的には正解の一つなのです。生物の世界では寄生生物が宿主の行動を変えて、自分に都合のよいように振り回します。しかし宿主を殺しては元も子もない。「寄生」はやがて「共生」に変わって行きます。私たち人類もミトコンドリアや腸内細菌などと共生して、はじめて生きてこれました。進化生物学は、人類に生物の原点を教えています。「了」

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