「スイカのタネはなぜ散らばっているのか」稲垣栄洋著、西本眞理子・絵、草思社2017年9月刊 2019年1月26日 吉澤有介  

著者は静岡大学農学部教授、雑草生態学が専門で、すでに何回かご紹介しました。植物それ自身は動けませんが、「種子」をつくる植物では、移動して分布を広げるチャンスが2回だけあります。1回目は「花粉」による移動です。風に乗せたり虫に運ばせたりして、できるだけ遠くのパートナーに遺伝子を伝えようとします。植物はさらに「種子」によって2回目の移動をします。種子を発明して、植物は劇的に進化しました。種子は硬い皮に守られて乾燥に強く、何年でも発芽の時期を待つことができます。内陸の新天地へと分布を広げてゆきました。本書は、身近な植物の「種子」の、知恵と工夫を凝らした移動戦略の物語です。

風で旅する種子の代表はタンポポでしょう。綿毛で種子を飛ばします。日本のタンポポは、在来からの日本タンポポと、外国から来た西洋タンポポの2種類で、花の下にある総包片の形で見分けることができますが、他にもいくつか違いがあります。日本タンポポは春にしか咲きません。西洋タンポポは一年中いつでも咲き、種子も小さく軽くて数も多く、風に乗りやすい上にクローンで増えることもできて大きく分布を広げました。しかし日本タンポポもしたたかです。種子が大きく重いので発芽力が強く、春に咲いて種子を飛ばすと、根だけ残して眠ってしまい、夏に生い茂る他の植物とのムダな争いを避けます。一方西洋タンポポは日本の四季を知らず、他の植物と争って押され、競合の少ない都会で咲いているのです。

動物に種子を運ばせる植物はたくさんあります。オモナミの種子は、カギ状のトゲで面ファスナー開発のヒントになりました。スミレの種子には栄養価の高いゼリーが付いていて、アリが好んで巣に運びます。アリはゼリーだけを食べ終えると、種子をゴミとして巣の外に捨てるので、脱出成功して発芽するのです。オオバコの種子も粘着性のあるゼリーで、人間の靴や車のタイヤに付着して道沿いに運ばれます。丈夫な葉は踏まれるための仕掛でした。

ササは、イネ科の植物です。タケとの違いは生長してもタケノコの皮が残ることで、ともに何十年かそれ以上の間隔で花が咲き、そのあと一斉に枯れてしまいます。昔から凶作の前触れとして恐れられてきましたが、多年草の植物の開花の間隔が極端に長いだけのこと。一斉に咲いて枯れるのも、地下茎でつながる一つの個体ですから、ごく当たり前の話です。

しかしこれは実際には恐ろしいことでした。ササの花が咲いた後には無数の種子ができます。この種子をエサにしてネズミが大発生し、その大群が勢いに乗じて田畑の作物を食べつくして大飢饉になったのです。しかしササの実には、野麦の別名がありました。ときには人間の救荒食にもなります。会津磐梯山は宝の山、ササに黄金がなりさがるとはこれかな。

スイカのタネを飲み込むと虫垂炎になるは迷信でした。種子は胃でも腸でも消化されないように硬い皮に覆われていて、ゆっくりと体内を通り抜け、できるだけ遠くに運ばせるのです。スイカはもともと砂漠の植物で、水分を貯えながら苦労しました。トリに発見されやすい縞模様で、果肉を食べるとき必ずタネも食べるよう散らばせています。他の果実では果肉の中心にタネがあるので、タネだけ食べ残すことがあるからです。本書では、このような種子の戦略を、親しみを込めて紹介しています。精妙なイラストも嬉しいものでした。「了」

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