どうすれば「人」を創れるか 石黒 浩著 2019年1月5日 吉澤有介 

アンドロイドになった私      新潮社2011年4月刊

著者は、1963年生まれのロボット学者、大阪大学大学院教授です。知能ロボットと知覚情報基盤の研究を進め、人間酷似型ロボット「アンドロイド」を開発しました。2007年にはCNNの「世界を変える8人の天才」の一人にも選ばれています。

日本のロボット研究の多くは、工場などで働く産業用ロボットでしたが、著者は自律的に行動する日常活動型ロボットを開発してきました。実証実験を通じてその実現可能性が確かなものになってくると、あらためて「ロボットとは何か」と考えるようになりました。人間は人間らしい見かけに非常に敏感です。とすればロボットの究極の姿は、人間になるはずでしょう。そこで人間そっくりな「アンドロイド」の研究を進めることにしたのです。
まず子供のアンドロイドをつくってみると、体のサイズから十分なメカを埋めこむことができず、見かけは人間そっくりなのに動きが不自然で、ゾンビのように不気味です。やはり人間らしい動作のできるメカを組み込む必要がありました。それが愛知万博で高い評価を受けた成人女性のアンドロイドです。空気アクチエーターで表情も豊かになりました。

そこで著者は、遠隔操作で動く自分そっくりのジェミノイド(HⅠ-1)をつくりました。ジェミノイドとは、双子座からとった造語で、自分そっくりを意味します。操作するとまるで自分自身のようで、離れた場所に自分がいる思いがしました。つまりこのジェミノイドを使えば、どんな遠隔地にも自分が存在できるということです。凝り過ぎて「自由度53」にしましたが、もっと機能を絞って「自由度12」でも人間らしさを出せそうなので、簡易で実用的な女性モデルをつくりました。

モデルはロシア人とのクオーターのFさんにお願いしました。国際的にも通じる美人です。そのジェミノイドの製造過程と、開発後の実験過程で、自分自身のアンドロイドに向き合ったFさんと著者は、これまで誰も経験しなかった類いまれな経験をすることになったのです。それはまさに認知科学や哲学の領域でした。

まず製作過程では、本人の形をMRIで確認し、さらにさまざまな表情を撮影して、三次元スキャナーで立体的なCGをつくりましたが、その表情を写真と鏡で構成しようとしたら困ったことになりました。鏡では左右が逆転しているのです。ふだん見慣れた自分の顔が、実は他人が見る顔と違っています。社会的存在としての「私」にとっては大きな問題でした。皮膚はシリコンで、特殊メイクのプロにお願いしました。服装はコシノジュンコさんです。ここで最も印象的な「私」とは、顔なのか、目つきなのか、あるいは髪型や服装なのかを、あらためて問い直すことになりました。何しろ目の前にもう一人の自分がいるのですから。

遠隔操作では、本人よりも他人の、女性や俳優のほうが上手いことがわかりました。そのほうがより自分らしく見えたりします。そのことからジェミノイドに演劇をやってもらうというアイデアが生まれました。これは朗読劇を実演して予想以上の成果を挙げています。

「私」とFさんのモデルは、海外でも様々な人々と交流する実験を行いました。人との距離が縮まる感じがしたといいます。著者は、さらに極端に簡略したモデル「テレノイド」で、どこまで人間らしさを出せるかという、新アンドロイドの開発に挑戦しています。「了」

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