「近代の呪い」渡辺京二著2015年2月8日 吉澤有介

著者は熊本在住の社会評論家です。旧制第五高等学校の最後のクラスにいて、ちょうど私と同じ世代にあたるので、かねてから注目していました。本書は熊本大学での講演をまとめたものですが、いま私たちが直面している諸問題を考えるヒントになっています。
近代の時代区分にはいろいろな説がありますが、著者は18世紀末から19世紀にかけての政治経済大変動を取り上げています。それまでは民衆と国家は別物でした。たとえ戦争があっても、自立していた民衆はほとんど無関心だったのです。しかしフランス革命をきっかけに国民国家が創成されました。この頃から世界経済が成立して、国民国家単位で対応しなければ国家も民衆も生きてゆけなくなったからです。幕末から明治維新にかけてが、まさにその時期に当たっていました。その動きを促進したのは、革命によって自分の権利に目覚めた市民社会の成立でした。知識層も生まれ、市民としての自覚も高まったのです。
しかし世界経済がグローバル化するにつれて、自分が属する国民国家の地位が、そのまま自分の生活に直結することになりました。社会の福祉化、衛生化、人権の確立などが進むほど、個人はますます国家あるいは社会の管理を受けざるをえなくなります。個人として民族国家から距離を置こうとしても、彼らの運命から自分を切り離すことはできません。今日の近代とは、同時に西洋化でもありますが、実態はこのような時代なのです。
また見方を変えて、「近代とは何だったのか」と問いつめれば、それは明らかに「人権・平等・自由」の3点に要約されるでしょう。しかしこの三大価値については、前近代の江戸時代にもかなり見られるものでした。むしろフランス革命の時代ほどこれが抑圧された時代はなかったのです。ナチスや日本の軍国主義の例もありました。
ところがこれだけは確かに近代の恩恵というものがあります。それは衣食住の豊かさでしょう。近代化のベースを支えた資本主義による市場経済の世界化によるものでした。しかし世界にはなお深刻な貧困があり、その格差はかえって拡大傾向を見せています。その問題克服には、インターステートシステムに絡めとられて、民族国家の枠組みをますます強化することになってしまいます。これが著者のいう、近代化の第一の呪いなのです。
ふたつめの呪いは、世界の人工化です。生活の豊かさの実現は、近代科学の成立と発展、その産業技術への展開にありました。このプロセスは自然の資源化です。生物は、人類も含めて自然の恵みを頂いて生きてきました。それが近代科学によって、こういった世界=コスモスを、人間が自分たちの利益のために支配・収奪する対象に変えてしまったのです。この人間中心主義は、やがて地球の物理的な限界を超えるとして大きな非難を浴びることになりました。科学技術については、地球環境への対応の道がないとは言い切れません。しかし環境保全という問題意識は、人間が棲めなくなって困るという考えで、やっぱり人間中心なのです。世界の人工化とは、その根底にこの地球という実在を人間のモノだという感覚があるからです。これからは豊かさの意味を問い直し、経済成長依存の生活から自由になる道を模索してゆくことでしょう。人間はそれほど偉くはないのです。「了」

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