「進化考古学の大冒険」松木武彦著 2018 年2 月14 日吉澤有介

新潮選書2009 年12 月刊
著者は、大阪大学大学院出身で、現在は岡山大学文学部准教授。専攻は日本考古学で、モ
ノを分析して「ヒトの心の現象と進化」を解明し、科学としての歴史学の再構築を目指して
います。2008 年には「列島創成期」( 小学館) でサントリー学芸賞を受賞しました。

考古学の本質は、「人間とは何か」を探求することでしょう。本書では、まず人間がどん
な環境でどのように進化してきたかを、遺されたモノの変化を通じて探り出そうとしてい
ます。霊長類学者の島泰三によれば、初期人類の化石に残る手や口の形から、彼らは肉食獣
が食べ残した大型動物の骨が主な食糧だったといいます。骨には肉以上の栄養分がありま
した。犬歯は貧弱でしたが、頑丈な臼歯でかみ砕くことができたのです。それに手の形が石
器を握りやすく、道具とするに適していました。道具としての石器は次第に進化して、素朴
な礫石器から握斧、さらに剥片石器へと、より精密に、より鋭利に変わって、約20 万年前
には骨を砕く骨食から、獣を倒して解体する狩猟による生活へと進化してゆきました。
道具作りという行為は、脳の機能を高め、表象形成、思考、記憶が高度化して、美的な感
覚が生まれました。3 万年前には洞窟壁画が現れ、その心理的機能は記号化して言語が誕生
します。モノの物理的機能だけでなく、その心理的機能に着目する「進化考古学」あるいは
「認知考古学」による分析は、従来とは全く異なる人類史が描き出せるのです。
日本列島で発見された最古の石器は、約4 万年前のナイフ状のものでした。2 万年前ころ
には最終氷期が終わって温暖化が始まり、ヨーロッパと同じく石ヤリが発達しています。左
右対称の美しさは驚くべきものでした。そのセンスはやがて到来した縄文時代の華麗な土
器に引き継がれます。次いで弥生時代へと社会は大きく変わりましたが、農耕の始まりと定
住がヒトの心の動きをどう変えたかは、経済環境だけでないヒトの認知特性が関わってい
ました。定住、農耕、武力が揃うと民族が形成されてゆきます。紀元前後には寒冷化が進ん
で、東アジア全域に資源をめぐる交易や外交が厳しさを増し、血縁を大きく超えた集団は、
民族としてのまとまりを強めてゆきました。そこでは共有知を意図的に強化する、複雑な儀
礼や壮大な記念物、神話などが伴いました。倭人と呼ばれる日本民族の誕生です。
記念物の推移で、日本列島社会の人類史を見ることができます。列島最古のモニュメント
は、縄文中期の東日本におけるストーン・サークルでした。寒冷化におびえて祈りをささげ
たのでしょう。次に現れたのは、稲作が本格化した集落の有力者の墳丘墓で、1 ~2 世紀の
出雲や瀬戸内で発達しました。ここでも人々は立ち入って祈る行為型の性格が見られます。
ところが3 世紀末に巨大な箸墓古墳が現れました。そこは立ち入りできない「禁忌」であ
り、エジプトやマヤのピラミッドにも共通する仰視型のモニュメントでした。しかしそれも
大山古墳をピークとして次第に小型化してゆきます。6 世紀前半の継体大王のものとみられ
る今城塚古墳は、地下の石室と正対する対面型でした。さらに仏教の伝来は、壮大な寺院建
築により一そう対面型の性格を強めてゆきました。そこへ文字が誕生し、ヒトと社会を大き
く変えて、国家の形成へと進んだのです。「進化考古学」による人類史は新鮮でした。「了」

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