「超デイーブな深海生物学」長沼 毅・倉持卓司共著2017年6月15日吉澤有介

祥伝社新書2015年2月刊
本書は、深海生物の進化と生態について、最新の研究成果を楽しく語っています。「深海」とは、太陽光の届かないおおよそ200mより深い海のこと。それより浅い海は「浅海」または「表層」といいます。全海洋の平均水深は約3800mですから、水の層の厚さからみれば200対3600で、深海の体積は圧倒的です。
太陽光が届かない水中は、人間の眼では暗黒ですが、科学的には色のない世界ということになります。

1800年代までは、そのように深いところに生物はいないとされてきました。ところがその後、世界最深のマリアナ海溝の調査が盛んになり、1995年には日本の無人探査機「かいこう」が1万911mの海底を確認し、3年後にはその付近で200匹以上のカイコウオオソコエビを採集しました。これは一般のエビ(節足動物の長尾目)と全く違う端脚目の「ヨコエビ」の仲間でした。しかしこの仲間は、浅海どころか河川や陸上まで、地球上のあらゆるところに棲んでいる種だったのです。深海底で発見されても新種ではありませんでした。それではこの深海底で何を食べていたのでしょうか。消化酵素を分析したら植物性多糖類の多様な分解酵素が見つかりました。つまり陸上や海中から流れ落ちてきたものを何でも食べる分解者だったのです。食料が少ないための効率アップ策でした。

環境の厳しさは深さだけではありません。1976年5月、ガラパゴス諸島沖の2500mの海底で熱水噴出孔が発見されました。その周辺には多数の深海生物が棲んでいたのです。大型の2枚貝は、化石で知られていたシロウリガイとわかりましたが、長さ2mもある正体不明の管状の生物がいました。口や消化器官、それに肛門もない「チューブワーム」です。
1984年5月、相模湾で「しんかい2000」がシロウリガイのコロニーを発見しました。水深1000m~1300mで冷湧水があり、そこに大量のメタンガスが噴出していました。シロウリガイがそれを化学エネルギーとして取り込んでいたのです。太陽光エネルギーがなくとも、メタンや硫化水素を化学合成して生きる微生物がいて、シロウリガイはその微生物を食べていました。またチューブワームはそれを体内に共生させて、間接的に化学合成栄養物をとっていたのです。

化学合成生物群は、古生代からいたこともわかってきました。熱水噴出孔には400℃を越える高温のものがあり、その熱水のなかにも生物がいました。ゴエモンコシオリエビです。この和名は、釜茹でにされた盗賊石川五右衛門からとったそうですから愉快ですね。熱水中のイオウ分やほかの還元物質からエネルギーをとる、高温を好むバクテリアがいて、ゴエモンコシオリエビはそれらを自分の腹の毛の中に共生させて食料にしていることがわかりました。「化学合成独立栄養」を利用しているのです。

深海生物は、その環境を積極的に選んで適応したので、さまざまな生態が見られます。駿河湾のサクラエビは、日中は200mの深海に、夜間には表層に移動します。富山湾のシロエビも深海にいますが、生態はほとんどわからない。深海底はナマコの仲間で一杯で、その省エネ生活は際立っていました。またユニークなチョウチンアンコウ、リュウグウノツカイ、ダイオウイカ、発光するクラゲなどの話題で、深海を身近に感じた一書でした。「了」

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