「タコの才能」キャサリン・H・カレッジ著 2014年10月23日 吉澤有介

  いちばん賢い無脊椎動物

 タコは、つかみどころがない生物です。腕は8本、心臓は三つ、皮膚は変幻自在に変えられ、そのまなざしには妙な愛嬌があって、知性が宿るとしか思えません。まるでエイリアンのようですが、何千年も昔から世界各地で神話や伝説、芸術に料理などで人間とはおなじみでした。タコ漁には長い歴史があり、現在の漁獲量は世界全体で年間30万トン以上に及び、タコのおいしさは世界中で愛されきました。現在300種ほどが知られています。

 タコの構造は、実に奇妙です。8本の腕(足)の付け根に、鋭い歯を持った口があり、そこが頭、その上が胴体で、外套膜に包まれています。、胴体にある三つの心臓のうち二つは補助的なポンプで、ともにエラへ血液を送っていますが、その血液は青色をしています。酸素運搬に鉄分でなく、銅を含むタンパク質、ヘモシアニンを利用しているからです。低濃度の酸素を効率よく運ぶためですが、これは酸性化に敏感で、大幅に運搬能力が低下してしまいます。近年の海の酸性化は、タコにとってはたいへんな事態なのです。

 タコには不思議な習性があります。イカは群れで行動しますが、タコは単独で暮らしています。その皮膚は、色や明るさはもちろん、質感まで変えて背景にとけ込むことが出来ます。変装の名人で、その変化の早さは驚異的です。皮膚にも目があるかのように、その感覚と処理能力は、まるで高性能のナノテクノロジーを備えているようです。

 タコはこの世でいちばん賢い無脊椎動物だといわれます。地球上の動物の95%が無脊椎動物ですから、その知能の高さは特別です。好奇心のかたまりで、ダイバーのカメラを持ち逃げしたり、巣穴のまわりに好きな品物を集めて飾ったりします。かって古代ギリシャの沈没船の探査に、調査チームが高価なハイテク機器を使っても成果がなかったのに、タコが多量の貴重な遺物を巣穴のまわりに並べていたことがありました。簡単な迷路パズルを解き、道具も使います。水槽の栓を抜いて遊んだり、人の顔も見分けられます。2010年のサッカーワールドカップで試合の勝敗を当てたパウル君の予知能力も話題になりました。

 イスラエルの大学では、研究チームがタコの脳の機能のなかでも学習や記憶や行動を司る神経回路の解明に取り組んでいます。人間の大脳皮質を解明する近道だというのです。しかしタコの知能は脳だけに集っているのではありません。神経細胞は全身に散らばり、その三分の二は腕(足)にあります。この分散型の神経回路網モデルには、アメリカ国防省も強い関心を寄せています。ロボット研究者も多くのヒントを得てきました。タコの腕は自立しているばかりか、簡単に取替え再生も可能です。危険を感じたら自ら腕を切り離すこともあります。驚くべきことに、タコが腕を再生するときは、吸盤から何からすべて揃って生えてきます。その吸盤には味覚まであって、神経節が集中し、力は強く着脱自在です。タコ型ロボットはまだ進化途上で、生物の自然にはほど遠いのが現状でしょう。

 タコは単独行動者ですが、それでも恋の季節になると匂いを感じて、やはりカップルができ、オスは2本の交接腕を使って、メスに自分の遺伝子を届けます。濃厚なセックスのイメージがありますが、オスの命はそこまで。メスの寿命も短いそうです。「了」

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