「越境する大気汚染」 畠山史郎著 2014年3月1日 吉澤有介 

  - 中国のPM2.5ショック -

 著者は日本エアロゾル学会会長を務める大気汚染の専門家です。隣国の中国でますます深刻化する大気汚染。2013年1月、北京をはじめとする主要都市は、濃いスモッグに覆われ、非常に高い濃度のPM2.5が発生して、危険な域に達しました。
そしてこのPM2.5は、中国にとどまらず遠く海を超えて、とんでもない高い濃度で日本を襲っています。PM2.5とは、大気中に浮遊している微小な粒子状物質で、その粒径が2.5μm以下のちいさな粒子のことをいいます。肺の奥まで到達して沈着するため、健康に対する影響が大きいことがわかり、日本では2009年9月に、PM2.5の環境基準が制定されました。それは1年平均値が15μg/m3以下であり、かつ1日平均値が35μg/m3以下であることというものです。さらに2013年には中国の深刻な事態に応じて、暫定的に1日平均値で70/m3を越えると予想されるときに注意喚起をすることになりました。
PM2.5の原因物質としては、まず二酸化硫黄があります。中国の多くの家庭の燃料となっている石炭から放出され、大気中で酸化し硫酸が生成されてミストになり、さらにアンモニアガスを吸収して硫酸塩(固体)の粒子となって浮遊するのです。また車の燃料も大きな発生源です。中国ではガソリンも軽油も硫黄分が多いまま使われているからです。
NOxも硝酸アンモニュームの固体として浮遊します。光化学スモッグの主因にもなっていて、多くは車の排ガスから出るので、急速に車社会となった中国で激増しているのです。これらの微小粒子は総称してエアロゾルとも呼ばれますが、やはり化石燃料の燃焼から出る有機エアロゾルは、PAH類(多様芳香族化合物)として発がん性を持つとされています。そのうち特に有害なPAHsが、経済発展の著しい中国で世界の排出量の20%以上を占め1位でとなっています。これもPM2.5として日本に飛来していると見られるのです。
また古くから日本には、春先に大陸から黄砂が飛来してきました。春霞として風物詩にもなっていましたが、これもエアロゾルの一部なのです。とくに日本に飛来する黄砂の多くははPM2.5に相当する微小な粒子で、脳卒中や喘息、花粉症などの健康被害が心配されます。自然現象ではありますが、中国奥地の砂漠が拡大傾向にあることが懸念されます。
さらに日本では、酸性雨の問題がありました。しかし最近は雨そのものよりも、もっと広域の「越境大気汚染」として認識されています。酸性雨の本質が、雨の酸性化にあるのではなく、大気中に硫酸や硝酸などの酸性の物質が生成することが問題なのです。雨が酸性になるのは、空気の酸性化の一つの現れにすぎません。山陰、北陸地方では、広い範囲で広葉樹の森が衰退しています。キクイムシだけでなく、木の根に共生して樹木の養分吸収を助けている菌根菌が減少しているからです。その大気の輸送経路も確認されました。
これらの発生元である中国への対応は、根本的な環境対策を支援する方向が重要でしょう。石炭や石油の脱硫に天然ガスの普及など、いずれも資源の逼迫と価格の高騰もあるものと覚悟した上で協力することなのです。重い宿題を抱えたことを痛感しました。「了」

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