「肥満と飢餓」ラジ・パテル著 2013年7月5日 吉澤有介

  世界フード・ビジネス=不幸のシステム

 なぜ世界で、10億人が飢えにあえぎ、10億人が肥満に苦しんでいるのでしょうか。これまでになく大量の食料が生産されるようになった現代において、歴史上はじめてのこの現象は、同一の問題から派生して、その勢いを強めながら今なお同時進行しています。
太りすぎの人々と食料不足の人々は、農地から食卓に食料を届けている巨大な食料供給産業(フードシステム)を通じて密接につながっているのです。

 その食料を販売している企業は、利潤追求という動機に基づいて、私たちが何を食べるかを決定し、制約し、私たちの食に対する考え方に影響を与えています。その結果、すべての国で、飢餓と肥満をめぐる矛盾と、貧困層と富裕層との格差が拡大しました。

 農業というビジネスは、本来牧歌的な環境で自然の恵み受けて成り立ってきましたが、今は市場という競技場に大きく制約されています。育てる作物を選択する余地はなく、強制された農法のために借金を重ねて、農民は単なる労働の提供者に成り下がりました。一方、消費者の側では、その選択肢はスーパーマーケットにおいても嗜好や旬、栄養素や食味を反映しているのではなく、食品産業の都合で一方的に決められているのです。

 ともに選択肢を奪われた農民と消費者をつなぐ道筋には、このごく少数の特定企業が存在して流通の主導権を握り、巨大な資本で市場を支配しています。「貧しい人々は怠け者だから飢えている」のでもなければ、「豊かな人々は美味しいものを食べ過ぎるから太っている」わけではありません。どちらもこのフードシステムに誘導された結果でした。

 本書では、世界のフードシステムについて、生産現場や私たちの食卓に向けてどのような選択が行われてきたのかを、多くの事例を挙げて克明に記しています。インドや中米、南米、アフリカなどの農民と農業労働者たちは、政治家に黙殺され、市場にもてあそばれ、巨額の借金を抱えた農民の自殺はあとを絶ちません。市場には単純な市場要因だけではない、さまざまな仕組みが働いているのです。NYタイムスのコラムニスト、T・フリードマンは「神の見えざる手は、常に見えざる拳を伴う」と考察しました。消費者にしても、加工食品をたらふく食わされ、食に起因する病気を爆発的に増加させているのです。そのフードシステムは、「消費者の需要」という大儀名分のもとに、あまりにも大きな環境的犠牲と資源の浪費を伴いながら、日々新たな脅威を生み出してきました。したがってここで飢餓を撲滅することは、じつは蔓延する糖尿病や、心臓病を予防することにつながり、同時にさまざまな環境と社会の問題を解決することに寄与するはずなのです。

 私たちは、私たちのために、私たちを変えなければなりません。そのような活動がようやく世界的に高まってきました。19998月、フランスの羊飼いたちが建設中のマックの店を打ち壊したのです。これは農村と都市を繋ぐ国際的な運動の始まりでした。今日のフードシステムは、もともと継続不能であり、継続させる必然性もありません。本書では、フードシステム変革のための具体策10項目を挙げています。好著でした。「了」

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