「狩猟サバイバル」服部文祥著 2013年7月5日 吉澤有介

   シカ猟の実態について

 いま日本の山では、、増えすぎたシカの食害が進み、その駆除が緊急の課題となっていますが、猟師の手不足と高齢化のために適切な対策がとれていません。シカ猟についての一般の認識も少なく、そもそも狩猟そのものになじみが薄いことも問題をこじらせています。

 本書は、サバイバル登山家として知られる著者が、より野生的山行をめざして狩猟免許をとり、シカなどの大型獣を狩りながら森を歩いた異色のリポートです。自分の食べるものは自分で殺す。ケモノと同じこの地球の生命体として、自然の掟に生きる深い思想が語られていますが、同時にここには狩猟免許の取り方、銃の購入、巻き狩りでの修行、獲物の解体技術の習得、単独猟の実態などのノウハウが克明に記されています。狩猟への理解を深めるために、その大要を紹介しましょう。

  1. 銃の所持、狩猟免許とその取り方
 銃の所持については、犯罪歴がなく、健康な成人なら都道府県の公安委員会による講習を受け、筆記試験に合格して扱い方の教習を受ければ、銃を所持できる。ただし申請手続きが煩わしい。銃刀法により、猟銃等講習会を受け、住民票や戸籍謄本、精神科医師の診断書を提出する。次に銃砲店のレンタル銃で教習を受け、クレー射撃テストを経て自分の銃を決めて予約し、その証明と同居親族同意書をそろえて審査を受ける。指定の保管庫も必要。最終審査まで3ヶ月、手続きだけで約10万円、それに銃だが、著者の場合は中古のブローニングAボルトを12万円で購入した。さらに狩猟免許が要る。これは猟友会主催の講習を受け、筆記試験に臨む。銃と狩猟の免許が揃ったところで、県に狩猟登録をする。
 狩猟期間は、1115日から翌年215日まで、毎年3万円で登録した県に限られる。
著者は横浜在住で、山梨県に登録した。登録費用のほか、1シーズンで弾代に1万円、交通費などを加えると、少なくても10万円の費用がかかる。これが直接のコストになる。2. 装備
 著者の銃は、Aボルト12番で、口径は18.5mm、シカ用に散弾1粒入り@200円を使用。
銃に込める弾数は、法律で3発(薬室に1、弾倉に2)と決められている。あとはザック。
3. 巻き狩りでの修行
 1年目はツテを頼りに山梨県小菅村の狩猟チームに参加した。巻狩りはイヌにケモノを追い出させ、それを猟師が銃で撃つ。ただこの村では一番の狙い目はイノシシである。肉が美味い。畑を荒らすので村の被害が大きいためで、シカはいたら獲るだけとのこと。
 まずはアシを見る。ケモノ道で新しい足跡を探し、地形を考えて持ち場を決める。待ち伏せするが、イヌの働きに頼る分が大きい。1シーズンの一人当たり2頭くらい仕留めればよいほうだ。初年度の著者は、待ち伏せの帰りに1人でいたときに、いきなり目の前をシカが跳んだ。とっさに発砲したが逃げられ、この1発だけでシーズンは終わった。
4. 単独猟
 2シーズン目は、巻狩りに参加しながら、単独猟を試みた。幸先よく12月上旬の霧の中で4頭のシカに出会い、4発撃って逃げられた。その直後また2頭のシカが現れ、その1頭にはじめて命中した。しかし必死で逃げられ、血痕を追ったがついに発見できなかった。
5. はじめての猟果
 2月の巻狩りで山のはずれに一人で待ち伏せ中、はじめて雄シカを撃ちとめた。距離は15mだった。まだ息があったので左手で角を持ち、ナイフで頚動脈を切った。後ろ足をつかんでロープで潅木にしばり、アタマを下にして血を出しきった。そこで仲間を呼んで村に下ろした。はじめて師匠に褒められた。
6. 解体
 山村の狩猟集団で獲物を仕留めたときは、その場で解体せず、まず村に下ろす。車道までロープでひきずり、軽トラで村の解体場に運ぶ。まず水をかけ、ブラシでよく洗う。仰向けに置いて腹にナイフを入れ皮を剥ぐ。その際に肉や内臓は切らないように注意する。次に頸を落とす。頸骨の間にナイフを入れて筋を切り、ひねると早い。毛皮を外す最後は、肛門の処理が大切である。慎重にすませた後、腹と胸を開けてノドに切れ目をつけ、ノドの奥に手を入れて気管と食道を引っ張ると、内臓をまとめてするりと取り出すことができる。狩猟チームでそのコツを覚えた。
 単独猟では、山の中で解体する。皮を剥く前に内臓を出してしまう。内臓を出したら吊るしておく。死後15分以内に内臓を出すと肉が美味しい。だいたいはそのまま焚き火をして寝てしまう。サバイバル登山では、そのまま歩き続けるため獲物を持っては行けないので、肉のうまいところだけを切り取る。内臓は地下に埋め、あとはそのままにして森の自然の掟にまかせている。
 著者はこのやり方で、3シーズン目から食料を現地調達しながら大菩薩の山奥や南アルプスに入った。サバイバル登山である。山岳雑誌「岳人」の編集を担当しながら真冬の猟期に休暇をとり、雪山を一人で、時計やラジオやテント、コンロなどの文明人工物を一切持たず、米と味噌と一枚のグランドシートに銃とナイフだけで歩いている。
7.ケモノのレシピ
 シカの肉でも、やはりロースが最高に美味い。ほとんどの部位をナマで食べてみた。シカの筋肉には寄生虫はいないというが、一応はあぶってタタキにする。水で冷やしてスライスすると醤油に合う。焼肉は定番だ。野生肉の場合は個体によって味が違うことが多い。毛並みの良いケモノはいつも美味しい。また野生肉は滋養強壮にも良いという。
 極寒の奥山で、ケモノ道に足跡を追い、気配を感じ取って待つ。その厳しさは並大抵ではありません。やはり戦略的・組織的な対策が必要でしょう。猟期や食肉の流通も含め、欧米狩猟民族の智恵も借りて、官民あげての取り組みを切に望む次第です。「了」

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