「動的平衡2」 福岡伸一 2012年11月3日 吉澤有介  

                

   これは先にご紹介した「動的平衡」の続編で、日経新聞その他に発表した原稿に加筆・修正して再構成したエッセイです。著者は、ここでも生命とは何かと問い続けています。 生命をモノとしてみれば、ミクロな部品の集合体に過ぎません。しかし、生命を現象と捉えると、それは動的な平衡となるのです。絶え間なく動き、それでいてバランスを保つもの、動的とは、単なる移動のことではありません。合成と分解、そして内部と外部との間の物質、エネルギー、情報のやりとりなのです。
 生命をつらぬく流れは、生命の内部に渦を形成したあと、環境の中に戻ります。それは摂取した肉がアミノ酸になり、身体のタンパク質として再構成され、次の瞬間、たちまち分解されて排泄されるということです。穀物が燃焼され熱を生み出したあと、呼気中の二酸化炭素となって大気中に流れ出し、植物の手に受け渡されることでもあります。つまり生命にとっての皮膚は、あるいは細胞を包む細胞膜は、内と外を隔てる障壁ではなく、むしろ生命の内部と外の環境をつなぐ動的な交通路なのです。
 ドーキンスは、その生命を動かしているのは利己的な遺伝子だといいましたが、最近、エビジェネテイックスという考え方が出てきました。遺伝子以外の何かがある。突然変異はごく稀なことです。進化はそれだけでは説明できません。そこで遺伝子にはそれほどの変化がないのに、遺伝子のスイッチのオンオフの順番とボリュームの調節に変化があったのではないかという仮説が提出されました。その情報が子孫に伝わるというのです。
 いまiPS細胞の研究が盛んです。「万能細胞」と呼ばれて、どんな細胞にも分化できますが、一つの個体そのものをつくり出すことはできません。多細胞生物の個体をつくれるのは、受精卵細胞だけなのです。ところが植物だけは違いました。植物を構成する細胞は、どれでもそこからもとの植物をつくることができます。挿し木もその一例です。ソメイヨシノは、一本の親から出たクローンが全国に広まりました。動けない植物に備わった進化の能力なのでしょう。植物は自己を再生しながら、永遠に生き続けることができるのです。
 本書では、かって昆虫少年だった著者が、自然の神秘に触れて生物学者に、そして分子生物学の世界に入ったいきさつから、最近の分子生物学の驚くほどの展開が詳細に語られています。数百万とも数千万ともいわれる生物の多様性が、すべて単一の生命の起源から出発した進化の産物であることは、DNAとタンパク質の文法が単一であるという事実から明らかなのだそうです。生命はその文法を継承しながら、文章自体をすこしずつ変えて進化してきたのです。なぜ多様性が必要なのか、植物からどのようにして動物が生まれてきたのかなどの、興味深い話題がつきません。また地球上の生命が生まれたとする37億年の歴史が、地球誕生から6億年しか経っていないという時間的な短さから、その起源が地球外の宇宙にあった可能性も否定できないようです。
 生命は動的平衡のきわどいバランスの上に生きています。分解と合成、とくに分解の仕組みが大きなカギを握っているという指摘はとても新鮮でした。「了」

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