「日本林業を立て直す」  速水 亨  2012年11月2日     福島 巖 

  速水林業の挑戦

伝統的な尾鷲の林業
著者は三重県紀北町(尾鷲)の林業を専門にする速水林業の9代目である。1070haの山林を所有・経営している。尾鷲は土地が痩てよくないのが幸いしてじっくり時間を掛けて育てた木材は根本と先端の太さが差の無いすらっとした「本末同大」となり江戸で受けた。急斜面を滑らせて川に落とし、堰に貯め、量が貯まったら筏を組んで一気に海に送り、帆船で江戸に輸送した。評価を高めたのは関東大震災の後、尾鷲ヒノキで作った家は倒壊が少なかった。ここでのやり方はヒノキ中心の集約施業、密植、多間伐の労働多投型の経営で製材業と直結したサービスに徹してやってきた。

速水の管理方式
林業家は最低でも20年先、本格的には百年先の山の姿を読んで現在の作業を進める。成長が活発なのは8~12齢級(40~60年)物である。15齢級以上を伐採し新しい苗を植えないと若い層がなくなってしまう。皆伐をしないで間伐管理し、齢級をグラフで管理、実行していくことが基本である。経験則で決めるのは駄目である。下草刈り、枝打ち、除伐など育林コストは大きくha当り20年前は:413人、10年前に:117人、現在は:95人と大幅に合理化を進めている。また20年前からは林業機械を積極的に導入して使っている。元々この急斜面で土壌も崩れやすい山林では「やえん」と称する架線方式の搬出が行われていた。架線を張り固定索と上下に周回するワイヤーをセット、フック付き滑車で木を空中に吊り下げて運ぶ技術が開発されていた。その現代版、タワーヤーダー(人工支柱付き架線集材機械)を3台使いこなしている。50年前から作業道の整備を始め地道に取り組んできた。その結果今では45m/ha(全国平均16 m/ha)と密になっている。作業道は中型トラックやタワーヤーダーが走れるやや広めのものを作っている。

直面している日本林業の苦難
20年前と現在を比較するとヒノキの立木単価は33,600円から8,000円と暴落している。人件費はアップしていて20年前スギ1㎥で12人の人を雇うことができたのに今0.3人しか雇用できない。木材の需要が急減しているから材を出すと売値が下がる方向に働いてしまう。木材消費は20年前0.9㎥が今0.5/人・年に落ち込んでいる。新築住宅は140万戸から80万戸に減り少子化から益々減少していく傾向にある。公共建物の木造化事業、ビルの内装にもっと木材を使うという試みは始まっているが?

生物多様性と経済の両立
日本の森は今最も良い状況になっている、江戸時代は貧相な山だった。下草があれば土砂は流れない。針葉樹の中にコナラが1本あるだけで樹液に集まる昆虫の世界ができる。多様な林層の山を作る必要がある。ただ広葉樹は曲がりやすく手入れが必要で木の成長も遅いので人工林としては問題がある。
林業は光の管理である。作業は植林、光の管理、伐採であるが生育途中で下草刈り・間伐・枝打ちが入る。間伐は品質管理である。曲がった、ヒョロ木などを除去し、太さの揃った丸太を市場に供給するための作業である。(列状間伐には批判的)

欧州に学ぶ森のあり方
ドイツなどでは酸性雨による立枯れ問題、緑の党が政界に進出し環境保護運動を活発に展開、生物多様性を加味して広葉樹を植えだすといった流れがあった。森林を管理すること、経済的に成り立つ育林法、森の循環が確保できることの重要な3点が基本であるとされている。
西欧では多くの人がどんどん山に入り楽しめる場所にしている。日本人はもっと森を気持ちよく歩けるようにすべきである。西欧人は一度森を失ってしまった苦い経験を持っているので次世代に循環の大切さを教え込んでいる。日本国土の67%は森林である。しかるに林業のGNP0.08%。森との付き合い方が下手な国民になってしまった。林業経営の基本は成長量と伐採量のバランスを確保することにある。成長量はCO吸収量の計算同様森林面積、幹材積の増加量と枝葉などに係数をかけて設定する。
速水林業の例:立木蓄積20万㎥、成長量4,400㎥、伐採3,000㎥が理想である。

日本林業再生の可能性
林業白書ではGNP 0.08%2009年)3,874億円
従事者 6万人 0.1%
林業家 平均年収 26万円 100~500ha
1990
年代には400~500万円の収入があったが多くの人が林業から離脱していった。
再生プランの目標は2020年に国産材の供給量を2倍にし、自給率50%を達成しようとするもの。
方策の中心は路網の整備、所有林の集約化、人材育成の3つである。
現状間伐材を市場に大量に出した結果がダブつき立木単価が下がってしまった。今山にある材を市場に出すシステムを作ることには熱心だが育林にまで含めた採算性を考えると問題だとしている。集約化については所有者と林業管理を区分していこうという考え方で努力すればメリットが出る仕組みになったと評価している。従来の補助金制度では働いた人数で支払われており合理化努力をしたら損をする構造になっていた。ただ林野庁の集約規模の50ha単位は小さすぎると評価、5,000ha規模が欲しいとしている。全国各地に森を持つ大規模な林業者がいても良いのではないかとの意見も。
一番の問題は木材消費市場が縮小していることである。木の家・木の家具だけでなく新しいニッチな市場を育てる必要があること。ITを活用した消費者が望んでいるものを即供給できる体制など時代に合った取組が重要である。
林野庁の方針は地域や場所を考慮せずに全国一律ワンパターンでまとめようとしている所に無理がある。また市場や消費者の視点が少ないため実用に合わないところがある。

森林認証制度
著者は日本で最初に国際的な森林認証システムであるFSCを取得している。環境保全の点から見て適切で、社会的な利益にかない、経済的にも持続可能な適切な森林管理者に与えられる資格である。林業の大原則は収入を得るために資源に負荷をかけすぎないことである。現在日本でも欧州のフォレスター制度に見習った教育が始まっているが受講者は公務員が仕事の一部として取り組んでいるだけ。造林してどこに売るのかといった視点が欠落している。将来の行動計画がボランティア活動で済まされて良いのか心配である。

読後感
著者は伝統的な大手林業経営者で日本林業の将来を検討する委員会のオピニオンリーダーでもある。林業専門家の意見として林野庁や学者、評論家などには無い貴重な経験と実績に裏打ちされた内容が盛りだくさんで興味深く読めた。改めて日本林業の厳しさが伝わってきた。需要の無い所に品物を大量に押し付けても値段が下がるだけで経済は回らない。ニッチ産業の芽を育てることは重要だが具体的にピンと来るものが無い。本の表題「日本林業を立て直す」は大変なことだと理解できた。しかしヨーロッパでは大きな産業になっているので参考にできることは積極的に導入すべきであろう。大量にある現在蓄積された針葉樹はエネルギーに活用し併行して将来計画を急いで組み上げる必要がある。用途を決めて育林すればコストを下げられる部分も出てこよう。また林業だけで生活するには負荷が大きすぎるので農業との兼業、他業務との兼任、ボランティア活動の延長など大きな視点からの検討も必要である。 

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