「砂」文明と自然 マイケル・ウェランド 築地書館 吉澤有介

「砂」といえば、森と緑の生物世界の対極にある無機の世界だが、地球環境にとって
は極めて大きい存在である。

本書ではその「砂」について、地質学から文明にかけてのあらゆる視点で、実に詳細
に報告しているので、これまであたりまえの自然と見てきた地球の姿を、あらためて
深く考えさせるものがあった。

 まづはじめに砂の定義で、ある硬さを持った小さな粒のすべてを含んでいることに驚
かされる。
砂には小さなモノという見方と同時に、極めて大きな数を示す概念がある。
砂粒にはさまざまな個性があり、集団になるととんでもない奇妙な行動をする。
粒子でありながら液体のように振舞うことは、誰もが砂浜やゴルフ場のバンカーなど
で、身近に体験していることである。

もっとも普通の砂は、石英などが主成分だが、南の島ではサンゴや貝殻などであり、
地域によってはジルコニュームやガーネット、ダイヤモンドの砂まである。
犯罪捜査の決め手にもなるわけだ。顕微鏡でみる形は実にさまざまで美しい。
砂は地球の歴史の証人である。その誕生と移動は大きなロマンを感じさせるが、集団
としての砂は人類の脅威ともなる。
ここで安部公房の「砂の女」を例に挙げている。
鳥取砂丘に住んで、押し寄せる砂をかき出し続ける話である。

著者は、世界各地の砂漠の生態を詳しく調査し、最近の北京に迫る砂漠化の恐ろしい
実情を報告している。
砂漠では、風によって高さ100mにもなる砂山が発達する。
それぞれの砂丘が独立して群れをなし、年間
30mも移動する。
その圧倒的な力に、古来おおくの思想家が生まれた。
また海岸の砂浜の浸食も大きな
課題だ。

川上のダムの影響が大半で、各地の対策も苦労の割に、あまり効果を挙げていない。
大地震の際の液状化現象もある。砂の動きは大地が示す素直な反応なのだ。
ともあれ砂はさまざまな想像力をかきたてる。
砂にはロマンがあり、美があり、詩がある。そして私たちの生活の一部でもある。
砂の粒がたくさん集まると、特有の美しい模様ができたりする。
その動きについての研究は、とても複雑で奥が深い。
さらに砂は、生物の大絶滅が地球の歴史のどの時点で起きたのかも物語る。
また小惑星イトカワから帰還した「はやぶさ」の持ち帰った砂粒にも関心を寄せてい
る。
本書は、物理学、化学、地質学、数学、歴史、神話、文学、芸術、民話など、さまざ
まな側面から砂に焦点をあて、果てしなく拡がる砂の世界を私たちに見せてくれる。
これまでゆっくりと砂を見たことがなかった方は、まず顕微鏡で覗いてみたら新しい
世界が広がることだろう。
砂は場所によって色も形も多彩で、コレクターがいるのもうなずける。

著者はハーバード大学で修士、ケンブリッジ大学で博士号を取得した地質学者で、ア
メリカ、フランス、英国などを拠点に世界各地の地質を研究し、本書でネイチャーラ
イテングに贈られる世界最高のジョン・バコウズ賞を受賞している。

 訳者林裕美子氏は信州大学理学部生物学科卒、宮崎の海岸侵食問題に取り組んでいる
という。「了」

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