大鹿村日帰りバスツアー 2014年6月13日 吉澤有介

  ことしの梅雨は異常な大雨が続いています。最初の一週間で例年のこの時期の雨量を超えて、なお収まる気配がありません。遠出は当分ムリかとあきらめていたところ、いつものテニスのお仲間から耳寄りなお誘いがありました。南信州大鹿村に、ヒマラヤにしかない青いケシが咲いて、ご近所のT旅行社の日帰りバスツアーがあるというのです。

 大鹿村といえば日本で最も美しい村で、しかも江戸時代から続く歌舞伎の里と聞いたことがあります。ここに青いケシがあり、クリンソウも見られるとあればこれは見逃せません。お天気は運にまかせて申し込みました。当日、それが何と前日までの大雨がウソのような青空になったのです。20人乗りの小型バスは快調に飛ばし、中央道の駒ヶ根の先の松川ICから、天竜川を渡って南アルプスに深く分け入りました。小渋川沿いに進みます。やがてダムと小渋湖が現れましたが、この奥に人が住むとはとても思えないギリギリの一車線の山道で、まわりはすべて広葉樹の急斜面です。紅葉の季節はきっと見ものでしょう。

 突然に谷あいに開けた国道に出て、やがて集落が現れました。ここが大鹿村です。人口千人余り、古くは南北朝時代に南朝方の拠点となり、その後も高遠と三河を結ぶ秋葉街道の宿場として続きました。ちょうど中央構造線の大断層の真上に当たっています。急峻な山々に囲まれたこの山里の暮らしは独自の文化を今に伝えて、日本で最も美しい村連合に加盟し、さまざまな地域おこしの活動を展開しているのです。

 その一つが「ヒマラヤの青いケシ」の栽培でした。しかしその中村農園は、たいへんなところにありました。集落からさらに林道を数百メートルも登った尾根に近い、標高1500mにある僅かな高原を本当によくも拓いたものです。5千株もある、その素晴らしい「幻の花」をどうぞご覧ください。

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 品種名は、メコノプシス、多年草、標高5千mのヒマラヤで、しかも雨季にしか見られないといいます。この農園では平成6年に種から栽培しました。たいへんな苦労があったそうです。しかしこの山里に厳しく暮らした村人こその快挙でした。夏の気温が25℃を超えず夜も涼しい、しかも適度の雨量があるという共通の条件を見事に生かしたのです。

 毎年6月に開花し、7月上旬まで楽しめるそうです。たまたまお天気に恵まれて、急峻な深山のここだけぽっかりと開けた天空の花園に、テニスのお仲間の奥様方もバスの常連のオバちゃんたちも、すっかり舞い上がってしまいました。

 ここから続く林道をすこし行くと、原生林に囲まれた小さな「大池」がありました。その湖畔がクリンソウの自生地です。のんびり一周しても10分あまり、可愛いい花はちょうど見ごろでした。それに頭上はもうハルゼミの大合唱です。

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 このあたりも標高は1500m、日差しは強いのに肌寒く、オバちゃんたちはコートを着ています。林道沿いの草むらでは、一面のクサソテツに混じってワラビが伸びていて、私たちが池を巡っている間に、運転手さんが両手に一杯のワラビの若芽を摘んでいました。役得でしたね。

 この林道は舗装してはありましたが、集落までの下りはまさにヘアピンカーブの連続です。山肌の斜度はざっと40度はあるでしょう。ところが驚いたことに、そこに部分的ですがスギやヒノキの人工林がかなりあるのです。手入れや間伐のあとは見えましたが、大半は放置したまま荒れています。もとはやはり林業の村だったのでしょう。広葉樹の自然林を皆伐して植えてあるのですが、人も立っていられないほどの急斜面です。

 しかし林道が巡っているので上下の見通しは良く、これこそシステムの絶好の領域かと思いました。この急斜面の引き上げ引き下ろしは、チェーンでなければとても危険な作業になることでしょう。それに地形的に架線方式はまず考えられません。小渋川の道では、スギ丸太運搬のトラックに出会いました。まだ林業は生きているように見えます。システムが、この大鹿村でもお役に立てたら本当に素晴らしいことでしょう。
国道沿いにある小学校では、校庭に20人ほどの子供たちが駆け回っていました。この美しい大鹿村には、若い命が根付いているようです。大鹿村のパンフには、ふるさとの魅力を伝えて、野山の色彩を感じよう、自然との戯れを心から楽しもうなどと呼びかけていました、南アルプスの山伏峠、塩見岳への登山口でもあります。主稜線は近すぎて見えませんでしたが、紛れもなくここは南アルプスそのものです。自然と歴史と文化をたっぷりと満喫したバスツアーでした。「了」

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