「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」フランス・ドウ・ヴァール著2018年6月10日 吉澤有介

松沢哲郎・柴田裕之訳、紀伊国屋書店2017年9月刊

著者はオランダ生まれの、米エモリー大学心理学部教授。霊長類の社会的知能研究者として著名で、「あなたのなかのサル」(早川書房)、「共感の時代へ」(紀伊国屋)などの多くの著書があります。本書では、人間とそれ以外の動物の心の働きを、科学によって解明する「進化認知学」を提唱しています。人間とは何か。動物に心はあるのかという。その新しい研究分野への恰好の入門書で、動物たちが、どれほど高い知的水準で行動しているのか、日常的な行動を詳細に観察し、さらに実験でも確かめた数多くの事例が紹介されています。

これまでの「動物行動学」では、ひたすら行動にだけ焦点を当て、動物の行動は、刷り込みや学習など、過去にどのような誘因を与えられたかに還元できるとしていました。動物に意図や情動があるはずはない。過去を振り返るとか互いの痛みを感じるなどの高度な能力は論外だと。それらはいずれも人間を基準にして、動物の知能を評価していました。しかし人間も動物の一種です。人間の認知も動物の認知の一種なのです。動物たちがどのような世界に暮らしているのか、その世界の複雑さにどう対処しているのかを見てゆくと、彼らには人間以上の素晴らしい認知的適応能力があり、多種多様な形で進化していました。
著者は、霊長類から始めて次第に様々な動物の世界に入ってゆきます。出会いの挨拶は当たり前ですが、著者の飼育していたメスのチンパンジー「カイフ」は、仲間たちに別れの挨拶もしていました。先々の状況を推論していたのです。また他のチンパンジーでは、利他行動も観察しています。今西グループによる幸島のニホンザルの「イモ」が、海水でイモを洗って食べ、それが母親に、さらに島の仲間たちに伝わって、世代から世代に受け継がれて社会的伝統となった事例は、著者も2度にわたって現地で確かめました。日本の研究者たちの100頭ものサルの個体認識をする手法は驚きです。一方ニューカレドニアのカラスは、道具のための道具を作って使用しています。手順を追って課題を解決するこの知能は、サルを超える高度なものでした。カラスの目の良さは格別で、人間の顔をしっかりと認識します。しかも意地悪された恨みは、数年も覚えているのです。霊長類とカラス科のトリは、進化の上で隔たりがあったのに、それぞれが独自に似通った認知的知能を進化させていました。
認知能力は、哺乳類や鳥類に限りません。計算することで有名なハンスの馬は、答えを知っていた飼主の、微妙な動作や表情の変化を読み取って、正しい解答をしていました。またワニは、水面に浮かびながら鼻先に小枝を乗せ、巣の材料を探しに来たトリを捕らえます。
本書ではこのような複雑な手法を駆使する事例を、象、こうもり、イルカ、シャチ、さらにタコの驚くべき擬態知能に注目しています。行動と脳のメカニズムの研究は、人間と動物を連続するものとして捉え、認知のプロセスが同じであれば、神経のメカニズムも同じと考えます。異種間の収斂進化は強烈な現象です。私たちは、他の種をありのままに評価しなければなりません。比較心理学による「進化認知学」が、いま始まろうとしています。「了」

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