植物はなぜ5000年も生きるのか鈴木英治 講談社

 寿命からみた動物と植物のちがい –
著者は鹿児島大学教授(理博)で植物生態学の研究者です。
縄文杉の樹齢は7200年といわれていましたが、最近の放射性炭素による測定では
約3000年くらいだそうです。
それでも生物の寿命としてはたいへんなものでしょう。
世界で確認されている最長樹齢は、アメリカネバダ州で発見されたイガゴヨウマ
ツで、切り株の年輪は4844あったので、そのまま生長させておけば5000年には
なったものと見られます。
動物ではとてもこうはいきません。人間では最近寿命が延びたといっても、100
年を超えることは稀です。
哺乳類ではナガスクジラが116歳、動物としてはゾウガメが200歳くらいのよう
です。ツルになるとせいぜい80年といいますから、伝説とはかなり違います。
植物も動物もすべて、約38億年前に誕生した生命の祖先から生まれてきたものと
考えられていますが、その寿命の違いは、生命体を構成する基本となる細胞の性
質と、生物が進化しながら先祖の性質を伝えてきた遺伝子がカギになっています。
生物体の特徴の一つは有機物でできていることですが、もっとも基本的な特徴は
自己複製能力にあります。
自分の複製をつくる方法は、植物も動物もバクテリアまでさまざまな生物の間で
驚くほど共通しています。
そのメカニズムはかなり明らかになってきました。
一方、死についてははじめからあったわけではなく、生物進化の過程で生まれて
きたのだそうです。
最初の単細胞生物では、自分と同じ細胞を次々に複製してゆきました。
みな同じ遺伝子を持っているので、分裂した細胞集団はすべてが自分自身ですか
ら、死ぬことはありません。
ところが生物は、ほとんどの種が有性生殖を採用するようになりました。
有性生殖の結果できた細胞は、自分の遺伝子を半分持っていますが、あとの半分
は他の個体からきたものです。
つまり自分自身が消えて、新しい生命が生まれるというわけです。
そのためにもとの個体は死ぬということになりました。
ではなぜそれほどまでして有性生殖を採用したかについて、著者はこれをピンチ
に立った会社が他社と合併して生き延びるようなものだといいます。
遺伝子は使っているうちにどこかが壊れてくるので、それを修復するために別な
個体と遺伝子を交換しているというのです。
他の個体でもどこかが壊れてはいますが、その場所はまず一致しないからです。
では長生きは生物の理想なのでしょうか。
生物にとって本当に重要なことは、自分のDNAを伝え広めてゆくことです。
「利己的な遺伝子」を書いたイギリスのR・ドーキンスは「生物の個体はDNA
の乗り物」といいました。
そうすると個体が長生きするかしないかは、大きな問題ではありません。
新しいクルマに次々乗り換えるか、同じクルマを長く使ったほうがよいかは、簡
単には決められないことです。
環境変化に適応するために世代交代を早くするか。
コストをかけても体制を強化し、防御を固めて生き延びるかによって、進化の道
筋がわかれてきたのです。
動物と植物の違いは、動物は動き、植物は動かないということですが、その相違
は細胞の性質にあります。
動物には細胞壁がなくて動きやすいのですが、身体が柔らかいので骨格で支えて
います。
植物は硬い細胞壁でしっかりと覆われているので、動くことができません。
一つ一つの細胞が、硬い細胞膜でブロックの壁のように組み立てられています。
哺乳類では、それぞれの組織が専用の分裂組織をもってどんどん成長します。
ただ心臓の筋肉や神経の細胞は赤ん坊の時からもう分裂しません。
もとの細胞を使い続けるのですまた動物の体細胞には分裂の限界があることがわ
かってきました。
分裂するたびに染色体が次第に短くなってゆきます。
修復するにしてもコストがかかるので、そのまま老化してついには死ぬことにな
るのです。環境への適応度を高めるために、積極的に世代交代を進める、いわゆ
るプログラムされた死だろうという説もあります。
植物では種子が発芽すると、茎の先端と根の先だけが分裂成長します。
また樹木の場合は幹や根のすぐ内側に、肥大するための新しい細胞が形成されます。
これが年輪になるのです。
古い細胞は死んでしまいますが、硬い細胞膜はそのまま残って構造体になります。
また組織が単純で花や葉のように同じ器官がたくさんあるので、傷ついても再生が
容易にできるのです。
老化することなく無現に分裂を続けてゆきます。
植物では一年生草木や、繁殖して枯死する竹などを除けば、加齢によっても繁殖能
力は衰退しません。
健康な樹木であれば若い樹と同じように開花結実します。
木の寿命を種子の段階からみると、非常に長い間休眠するものがあります1万年前
のカナダのマメ科の種子は実際に発芽しました。
おおまかにみると発芽してからの寿命の長い植物は種子の寿命が短く、発芽後の寿
命が短い種子は長生きするそうです。
休眠中の種子は、生育に都合の良い時期に発芽しようと待ち構えているのです。
樹木では針葉樹のほうが広葉樹より長寿です。
広葉樹は年輪がわかりにくいのですが、ケヤキで1400年生きた例が放射性炭素の測
定で確認されました。
しかし針葉樹にはかないません。
比重としては広葉樹のほうに重いカシ類がありますが、腐って倒れることが多いの
です。法隆寺のヒノキは樹齢2000年ですが、1300年たった今でもビクともしません。
針葉樹の材は軽いのに腐り難いのです。
その秘密はリグニンが多いことにあるのです。
リグニンは広葉樹にもありますが、針葉樹のほうに多く含まれ、しかもなぜか腐り難
い性質があります。
樹木は硬い細胞壁に支えられており、鉄筋コンクリートの建物に例えると、セルロー
ズが鉄筋、リグニンがコンクリート、ヘミセルローズは鉄筋とコンクリートをしっか
り付着させる針金に相当するといいます。
またスギやヒノキには樹脂が多く含まれて、虫からの食害を防いでいることも、長寿
の大きな要素になっています。広葉樹でもクスノキが、樟脳の防虫効果で長生きして
います。しかし寿命にはやはり限界があるのです。
植物は針葉樹のような裸子植物から、広葉樹のような被子植物に進化してゆきました。
しかしその進化は、寿命よりも生長を早める方向にあって、中世代の地球の大変動に
適応して子孫をのこしてゆくためではないかといわれています。
2010年6月21日  要約 吉澤有介

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