見えない「巨人」微生物 別府輝彦著 2016年7月8 日吉澤有介

微生物は、古くから人間の生活に深いつながりを持っていました。それが今、バイオテクノロジーの先端を切って、人の役に立つ新しいものを次々につくり出しています。また一方では感染症で人々を脅かし続けており、さらに地球環境問題にも大きく関与していることもわかってきました。本書は、微生物という生きものの、これまで知られていなかった驚異的な姿を明らかにした微生物学入門書です。
微生物が知られたのは、今から僅か350年前のことでした。オランダのレーウェンフックが、手作りしたレンズ一枚の単式顕微鏡で、池の中の原生動物や口腔内の細菌を見つけ、それが生きものであることをイギリス王立協会に報告しました。その簡単な顕微鏡の倍率は実際に266倍もあって、彼のスケッチは後の種名がはっきりとわかるほど正確だったのです。その微生物を純粋培養して、本格的に研究を進めたのはパスツールとコッホでした。この純粋培養という手法は、有用物質を生産し、あるいは感染症を引き起こす微生物を発見するなどして大きな成功を収めました。
しかし自然環境にある微生物の多くが、コロニーをつくらず培養もできないことが、やがてわかってきたのです。20世紀後半に誕生した分子生物学によって、遺伝子の本体であるDNAの重要性が明らかになりました。培養できる微生物は、自然界の中では1%もない。微生物の世界は、これまで考えられていたよりも遥かに広大なものだったのです。多様な種が混在している自然界では、微生物も同種のクローンだけでなく異種との共生もあって、地球全体の微生物のバイオマスの総重量は、全植物のそれに匹敵するかも知れません。
微生物は、地球規模の元素の循環に大きな役割を果たしています。地球にある炭素は、99.5%以上が地中にあり、残りが大気の0.04%の炭酸ガスで、海中の炭酸イオンと交換しながら太陽エネルギーを利用する炭素固定によって有機物となり、生物圏をダイナミックに循環しています。その光合成には、海洋の珪藻やシアノバクテリアが陸上植物に匹敵する働きをしています。また草食動物などの呼吸や排泄、動植物の遺体、メタン生成菌の分解作用も炭素循環を定常化しているのです。微生物はまた窒素を循環させています。大気中の窒素分子を、ニトロゲナーゼという酵素を持つ微生物がアンモニアへ還元していました。このような自然循環が、現代において人為的に大きく狂ってきているのです。
微生物は地球上でもっとも多様な生きものでもあります。1グラムの畑土の中だけで数百万種もいるらしいのです。進化の系統もさまざまで、リポゾーム遺伝子の配列比較によって生物全体を細菌、古細菌、真核生物に分けると、その生命の樹の大部分を占めています。そのうち多くが極限状態に適応している古細菌が、系統的に細菌より真核生物に近いこと、カビ、キノコ、酵母などの真菌類が植物よりも動物に近いことも驚きでした。
また微生物進化の様子は、先カンブリア時代の微化石の発見で、次第に明らかになっています。本書は、その巨大な存在である微生物を、発酵文化、病原体の解明、環境への貢献などのさまざまな角度から、最新の研究成果を分かりやすく伝えていました。「了」

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