「CO2と温暖化の正体」 S・ブロッカー著 河出書房新社

何やら怪しげな表題ですが、原書ではFIXING CLIMATEで、ごくまじめな科学物
語です。もとの意味からすると「気候の修復」ということなのでしょうか。
本書は現代最高の気候学者の一人である、米コロンビア大学のウオレス・
S・ブ
ロッカー教授(
78歳)の半世紀にわたる気候学研究を、気鋭のライターのR・ク
ンジグが一般向けに記述したもので、
550ページの大著です。
ブロッカーの気候学における大きな功績は、気候というものがいかに不安定なも
のかを証明し、そのトリガーとして海洋循環が大きいと示したことです。
気候には氷期~間氷期という二つの安定したモードがありますが、それが突然急
激に変化することが起こりうるのだそうです。
そこには海洋が大きく関係しています。
その要因として海洋が
COを吸収して大量の炭素を貯留し、それを海洋循環によ
って大気に移動することで、気候変動の調整をしているというのです。
その壮大な海洋循環モデルは「ブロッカーのベルトコンベアー」と呼ばれ、最終
氷期に起きた急激な気候変動を理論的に解明しました。
地球温暖化についてはさまざまな論争がありますが、本書ではそれらの先入観を
一たん忘れて、多くの研究者による気候科学の歴史を実に丹念に辿っています。
そのスタートは第一次世界大戦中のセルビアの科学者ミランコビッチの研究でし
た。彼は地球の軌道の微妙なブレが日射量の変化となり、
22千年から10万年ま
でのいくつかの周期で、大きな気候変動が起きるとしたのです。
氷期の要因を探るその研究は、大戦中にオーストリアの捕虜となった独房で生ま
れました。
1917年に発表されたこの研究に、ウェゲナーやケッペンも乗ってきた
そうです。しかし実証されないままその後長い間忘れられていました。
それが復活したのは地質学的な年代測定法での実証だったのです。
ブロッカーはその放射性炭素による年代測定法の専門家でした。
彼はミランコビッチに夢中になり、再計算で確かめ、さらに軌道周期とともに
CO
が大きく関わっていることを見出しました。
その実証に各地の氷河のモレーンの地質や、サンゴ礁の地道な炭素測定を重ねて
います-
1972年のことでした。またそれより前の1957年に、レヴェルやスースが
COガスが温室効果を持つことを提唱して、「こうして人類はいま、過去には起
こりえず、将来にも再現されないだろう大規模な地球物理学の実験をおこなって
いるのだ」という名言を述べています。
その
CO測定にあたったのが、カリフォルニア工科大学を出てノースウェスタン
大学で博士号をとっていたキーリングでした。
いわゆるキーリング曲線に至るその苦労はたいへんなものだったそうです。
また同じころコロンビア大学の地質学部で学位をとったばかりの高橋太郎も、海
COを吸収しているかを確認するために、小型船でひたすら海水をくみ上げて
ブロッカーに深層水放射性炭素年代測定資料を提供し、また自分でも大気と海洋
の炭素交換を測定して
COの海洋~大気循環の実証に貢献しました。
ブロッカーはさらにグリーンランドや南極で氷床のコアをとって測定を重ねてい
ますが、その測定技術の進歩には驚くばかりです。
このような多くの科学者の地
道な研究によって、氷期の実態や過去の大干ばつなどの気候大変動が次々に解明
されてきました。
そして僅かの
COの変化が海洋の循環に影響して、大きな気候変動を引き起こす
恐れがあるというのです。ブロッカーは「気候は突然、野獣に変わり、われわれ
に牙を向くことになる。それはある程度予想はできるが、まだわれわれは知らな
いことばかりだらけである」と述べています。
気候修復のためのいくつかの提言もありますが、すっきりした解決にはまだまだ
道は遠いようです。
                                                    記     吉澤 有介

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