「リニア新幹線」橋山禮次郎著 2015年7月8日 吉澤有介

—巨大プロジェクトの真実—
”夢の新幹線”といわれてきたリニア中央新幹線が、実験段階から実用段階に向けて、いよいよ動き出そうとしています。しかし世界初の超電動磁気浮上方式で、また建設費が約9兆円という壮大な鉄道建設計画なのに、国民の関心は薄く、計画の実像も殆ど知らされていません。しかもそれをJR東海が単独でやるというのです。形は民間プロジェクトですが、公共性・公益性が高く、その成否は国民に与える影響が極めて大きい。失敗は絶対に許されません。さらにその電力は、原発の再稼動と新増設が前提でした。当然国会の場で慎重に審議して決定すべきものでしょうが、国会もこのリニア計画には殆ど関与せず、政府も閣議決定や閣議諒承さえもしてきませんでした。政策判断がなされていないのです。
計画に必要なのは目的と手段です。それはまともで、しかも整合的でなければなりません。JR東海によれば、その目的は東海道新幹線について①輸送力が限界である。②老朽化や、大災害に備える。③速度が限界なので、新方式で大幅な高速化を実現するとしています。
しかしこの目的がおかしい。
①の需要の現実は横ばいで、将来は人口減になる。
②安全確保や防災対策は最優先だが、これは当然のことで、そのためにバイパスをつくる鉄道会社はどこにもない。
③移動時間の短縮は、ほんとうに必要なのか確認していない。
リニア新幹線についての世論調査が、全く行われていないのです。これは驚くべきことでした。
手段としてのリニア新幹線は、すでに鉄道ではありません。地下を飛ぶ航空機ですから、国内の鉄道との連絡はできない。利便性を追求する鉄道ネットワークの構築に、完全に逆行します。沿線に需要が生まれるわけはありません。地域振興などは幻想なのです。
最大の判断要因としての経済性をみても、単独計算では大幅な赤字が必至で、当事者のJR東海の社長が明言していることです。巨額の建設費に完成後の維持運営費、金利に対応できる輸送需要が見込めないのです。そこでJR東海では、リニアの利用者の62%が東海道新幹線からの転移客としました。これはタコが自分の足を食べるようなものでしょう。
著者はここでさまざまな経済状況を想定して営業収支を算出していますが、すべて悲観的な結果になりました。合理的根拠を欠いた需要予測に、一体誰が責任を負うのでしょうか。JR東海にとって、リニアはもはや手段でなく、目的になってしまったようなのです。
同じくリニアを常電動方式で企画したドイツは、連邦議会で評価した結果、需要見込みが楽観的過ぎること、欧州国際鉄道との連結乗り入れが出来ず、利便性に欠けるとして否決し、計画は中止されました。メルケル首相の見識はさすがといえるでしょう。
リニアの安全性についても、重大な懸念があります。大部分が深い地下トンネルで、強い電磁波を受けることに加えて、密閉空間を高速走行中の火災、爆発、通信テロなどのリスクに、果たして対応できるのでしょうか。鉄道は経験工学なのに、リニアは全くの別物なのです。それにもう一つ、膨大な電力消費が許されるかという問題も残ります。
著者は、リニアの高速技術は評価しつつも、現実を直視してリニアをやめ、中央新幹線方式への変更を提案しています。政策評価の専門家の直言には説得力がありました。「了」

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