「深海のパイロット」藤崎慎吾・田代省三・藤岡換太郎 共著 2013年12月5日 吉澤有介

  - 6500mの海底に何を見たか -

 2002年秋、海洋科学技術センターの深海潜水調査船「しんかい2000」(略称2K)は、相模湾で1411回目の潜航を終えた後、運行休止となりました。これはその使命を終えたわけではなく、老朽化したわけでもありません。特殊法人改革のあおりで、予算が取れなくなったからなのです。現在「しんかい6500」(略称6K)はまだ活躍中ですが、先行きに暗い影を落とすことになりました。本書は、この6Kと2Kによって、世界の深海研究の最先端にあって日本を担ってきた潜水船パイロットや研究者たちの悲痛な思いを記したものです。

 深海は、宇宙と同じく生身の人間の生存できないフロンテアですが、巨大な水圧や電波が使えないなど、さらに危険で苛酷な世界です。しかしそこで貢献しているパイロットたちは、華やかな宇宙飛行士に比べてほとんど注目されません。宇宙飛行士はこの時点で、全世界で280人を超え、うち日本人は8人でした。しかし深海潜水調査船のパイロットは全世界で約40人、うち日本人は20人もいます。その深海潜水調査船も4000mまで潜れるのは世界で5隻のみ、そして一番深く潜航できるのが、「しんかい6500」(6K)なのです。

次がフランスのノチール(6000m)で、さらにアメリカのアルビン(4000m)が高性能で活躍していますが、日本の2Kで鍛えた、6Kと併せた実力は世界の認めるところでした。

 深海での操船には、たいへんな技術が必要です。正・副パイロットに研究者の3人で乗る船内は極端に狭い。水深300mで真っ暗な世界になります。ライトの視界はせいぜい10mくらいで潮流もあり、僅かの動きでも目標を見失ったりします。1982年に生まれた2Kは試行錯誤の連続で、さまざまなトラブルに見舞われました。本書では多くのエピソードが語られていますが、いずれもあわやという怖いお話でした。これらの経験をもとに1990年に6Kが就航し、それぞれの特徴を生かして、日本近海だけでなく広く世界の深海で活躍しています。大きな成果として、海底の裂け目から湧き出す熱水と、そのチムニーの発見があります。もうもうと黒煙を上げるチムニーの300℃を超す熱水に、思い切り近づいて船体が焼け焦げたこともありました。小窓から覗く研究者の観察は、パイロットの精妙な技術が頼りなのです。また各国の潜水船との交流も深く、相互に乗り込んで調査もしています。その点でも宇宙と似ていますね。深海に棲む生物も実に多様です。相模湾の海底にいたシロウリガイとハオリムシは2Kによる大発見でした。また南海トラフや沖縄トラフでも、熱水系などの大きな発見が続いています。熱川沖では大溶岩流も見つかりました。
 現在は各国の調査船も併せて、深海の様子が次第に明らかになってきています。しかしそれはいずれも視界10mの点の情報に過ぎません。その実態はまだ深い闇に包まれています。最近は無人探査機の開発が盛んになってきましたが、やはりヒトの目での確認にはかなわないようです。僅かな気配で目標を探索してゆく世界ですから、パイロットのカンがモノをいいます。研究者たちの信頼もそこにありました。深海からの狙いを定めた試料採集も、有人潜水船の特技でしょう。パイロットたちの熱い思いがこめられていました。了 

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