「自然に学ぶものづくり」赤池 学著、東洋経済新報社  2012年8月25日 吉澤有介                        

  著者は1958年生まれ、つくば大学生物学類卒の科学ジャーナリストである。 本書はバイオミミクリーの提唱者である、アメリカのサイエンスライター、ジャニン・ベニュス女史に大きく触発されている。彼女の著書「自然と生体に学ぶバイオミミクリー」は、本書の翌年に邦訳されてオーム社から刊行されたが、ここに大要を載せてあるのがありがたい。女史は前提として、
①自然をモデルにする、
②自然を評価基準にする、
③自然を良きメンターとする
の三点を挙げ、さらに九つの基本原則を提言している。

 すなわち自然は、日光を燃料にする。余分なエネルギーを使わない。形態と機能を調和させる。すべてのものをリサイクルする。協力するものに報いる。多様性に投資する。地域の叡智を要求する。内部から行き過ぎを押さえる。限界から力を生み出す。そして具体的事例としては日本発の自然に学ぶ技術を挙げているという。まさに日本古来の匠たちの自然に学ぶものづくりシステムそのものがここにあった。この叡智をもとに著者は2005年に開かれた愛知万博「愛・地球博」の企画に深く関わり、「自然の叡智」を基本テーマとして、未来に向けて持続可能なものづくりの知恵と技術を力強く発信している。

 さらにこの年には経産省も今後の技術開発投資のロードマップとして「循環型時代の生物機能特性を活用した素材・技術開発」を打ち出してきた。従来、農水省が主体で推進してきたこの研究領域に経産省が関わろうとした動機は、自然に学ぶものづくりが素材産業だけでなく、医療や福祉、エネルギーや機械産業などの広範な事業領域の未来に直結するという認識に至ったからである。産業界はこの動きに敏感に反応した。

 本書では、その具体例を詳しく紹介している。とくに積水化学工業は、早くから「自然に学ぶものづくり研究助成プログラム」で、画期的な研究支援活動を展開しているが、その成果として昆虫や魚を模倣したロボットが続々と生まれた。それも機械的なものから脳やホルモンの働きまで取り入れた次世代型の情報システムへと発展している。さらにナノテクノロジーから高分子化学技術にも無限の可能性があるという。ここは持続的地球社会を実現してゆくため、日本がその技術開発リーダーとなるべき戦略領域なのである。

 それらを総括して本書の構成は、第一章として推進役となる「人間力」を、第二章には「植物力」、第三章に「昆虫力」、第四章で「微生物力」、第五章は「地球力」を論じ、最後の第六章に再び「人間力」を取り上げ、自然に学ぶ子供たちを育てるための教育について提案した。私たちには、縄文以来の「日本的価値観」による多彩な技術力が引き継がれているはずである。著者はここで、日本の深い知恵を世界に向けて発信することを強く期待している。刺激的な事例が多いので一読をお勧めしたい。「了」

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