「群れのルール」 ピーター・ミラー著  東洋経済新報社  2012年5月20日 吉澤有介

  私たちの生活は日々複雑化している。あふれる情報によって、これまでの組織を動かす根本原理が大きく変わってしまった。これまでの組織は、伝統的にヒエラルキーによって機能してきたが、インターネットの登場は、その権威や指揮命令系統を無力化した。それでも私たちは集団現象の世界に生きている。本書では賢い群れのあり方を、生物の世界に学ぶことを薦め、その驚くほどの実態と行動原理を詳細に紹介している。
まずアメリカのサウスウェスト航空会社が、自由座席制の伝統を守りながら、搭乗時間の短縮と客の利便性を両立させるという難問の解決に、テキサスにいるハキリアリの社会的生態をモデルにして成功した事例を報告した。アリはそれほど賢いのだろうか。細かく観察してみると、アリのコロニーは僅かな化学物質を媒介として仲間と交信し、ごく単純なルールで大きな問題を何千という細かい問題に分解して解決していることがわかった。
アリやミツバチなどの生物は、何百万年にもわたって大自然の厄介で複雑な問題に立ち向かってきた。その行動原理は、多数の仲間が力を合わせてお互いの命をつないでいることで、そこには特定のリーダーがいるわけではない。それぞれの個体が、隣の仲間の僅かな動きに反応して、その相互作用がやがて一定のパターンになり、群れ全体が最適なソリューションに向かって動く。個々のアリは全体像を把握していないのに、ごく単純なルールだけで役割は分担され、複雑な任務が確実に遂行されてゆくのである。
ミツバチの群れが分蜂する際の知恵はすばらしい。数百の偵察ハチが新しい住処を求めて各地に発進するが、その報告で多数の仲間がそれぞれの候補地に確認に向かい、やがて特定の候補に皆が集中するようになって最適の住処が決定する。リーダーはいないのにその選択は誤らない。はじめは分散していた多様な知識が、見事にまとまるのである。
シロアリは間接的協業で驚異の構造物を生み出している。サバンナにできたアリ塚は、高さは10ftほどのその内部構造はまるで城砦のようだ。地表のドームに守られた地下には、女王の居室や食料貯蔵庫などもあって2百万匹ものシロアリが住む。ドームは乾燥地帯で健康に暮らすために、湿度を保ちながら地下の各室を空調する巨大なエアコンである。その空気の通路は極めて複雑に入り組んでいる。研究者が試みにドームの一部を破壊してみたところ、多数のシロアリが協働して直ちに修復した。その亀裂修復の過程は、2003年に北米の電力網に起きた大停電事故の再発防止に、大きなヒントになったという。

 ムクドリの群れやイトヨの群れにもリーダーはいない。個体の微かな動きが群れ全体に伝わって瞬時に賢い集団となる。きっかけはごく単純のルールで、コンピューターモデルでも再現できた。しかし群れがいつも賢いとは限らない。バッタの大群が暴走する例もある。人間もまた社会的生物で、集団の暴走は悲劇になる。賢い群れでありたいのに。
著者は米誌ナショナル・ジオグラフィックのシニアエデターで、原発問題からチンパンジーの生態、医療技術からエジプトの古墳までの広範なテーマを取材してきた。その長いキャリヤを生かして、群れの特性について深く考察したのが本書である。   「了」

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