タネが危ない 野口 勲 2011年11月26日 吉澤有介

   本書では、いま日本や世界の農業で、タネがどのような危機にあるかを詳述して
いる。かつてはどの農家も、自分でタネを採集していた。
よその土地から入手したタネでも、
3年も栽培すればその野菜はその土地に順応して、
その風土に合った子孫を残す。
   日本のタネ屋の発祥は江戸時代だという。当時の農家は一番よくできた野菜から
タネを採り、次の野菜を自家で食べ、三番目以下を市販していたが、その評判を聞い
てタネを求める人が増え、専業のタネ屋が生まれた。
参勤交代で各地在来のタネがお互いに交流し、それが各地に同化して、より品質の良
い固定種になった。これが本来の姿であった。
   ところが明治以来、メンデルの法則が知られて、一代雑種が両親の優性を引き継
いで、見た目が均一、生育も揃って速く、収量も増えることがわかった。
その原理を応用して人工的につくられたタネが
F1である。しかしこの一代雑種はそ
の一代だけが優秀だが、タネはとれないので、農家は毎年あたらしい
F1を買わなけ
ればならない。高度成長期にスーパーなどが台頭し、大量にサイズの揃った野菜を求
めたので、市場は一気に
F1に変わってしまった。
いま市場にある野菜は、味よりも見た目で売られている。これに比べると、昔の野菜
は不ぞろいで見た目も悪い。しかし味は全く違った。同じトマトでも大根でも、まる
でフルーツのようにうまい。
農家は自家用に、家庭菜園でも格別の味が楽しめる。
野口種苗研究所は、全国で唯一
つこの固定種の専門店である。
あくまでも生命本来の無限の可能性を秘めたタネにこだわりたい。「一粒万倍」とい
う生命力があるのだ。
   
さらに現在のF1種は、生産性を上げるために、雄性不稔という花粉のできない
突然変異の個体からつくられるようになった。
子孫を残せないミトコンドリア異常の植物だけが、世界中の人々に食べられている。
これを食べつづけて果たして人間に異常はないだろうか。
   
著者は2007年以来のミツバチの消滅現象に注目している。F1のタネ採りに使わ
れたミツバチは、雄性不稔の花の蜜を集めている。
F1単作地帯で特にミツバチが消えたという。因果関係の確証はないがどうも怪しい。
人間の精子が激減していることも気になる。

遺伝子組み換えにもまだわからないことが多い。自殺する遺伝子もアメリカで市
販されている。モンサントがこの開発会社を買収したことから、ヨーロッパで極度に
警戒している。現在世界のタネ製造会社は、かってのタネ専業から大手の化学会社に
入れ替わってしまった。
    日本にも知らないうちに遺伝子組み換え作物がきている可能性がある。
人間の細胞や遺伝子に影響ないとは言い切れない。著者は「未来に健全なタネを遺す」
ために、ひたすら固定種を守り続けている。

    著者は埼玉県飯能市で、親子3代にわたり在来種、固定種、全国各地の伝統野菜の
タネを扱う種苗店を経営している。店を継ぐ以前は虫プロで、手塚治虫の編集担当者
をしていたという異色の経歴を持つ。
2008年には「農業・農村や環境に有意義な活動を
行い、成果を挙げている個人や団体」に与えられている山崎記念農業賞を受賞した。
 

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