日本の農林水産業 八田達夫 高田 眞 日経 2010年11月

著者らは07年から10年にかけて、内閣府規制改革会議の農業タスクフォースの委員
(主査、事務局幹事)であった。
本書では日本の農林水産業の生産性を高め、これらの産業を諸外国のように
「若者が参入する産業」
にする方策を、経済学の視点から体系的に分析して具体的に提言している。
ここでは市場と政府の役割分担を明確にし、それぞれの失敗から出発した。
これまでの構造改革には一次産業を活性化する改革がなかったために、公共投資削減
が地方を疲弊したまま、地域間格差を増大する結果を招いたのである。
 本書から林業についての提言を紹介しよう。
林業については特有の市場の失敗
 ①公共財の必要性、
 ②規模の経済、
 ③情報の非対称性(格差)、
 外部経済効果の発揮
があるにもかかわらず、適正な対策がとられていないこと、政府もまた結果的に林
業への参入規制となる諸制度による失敗を引き起こして、ともに林業を衰退させる
要因となっている。

 その市場の失敗の具体例として、
人工林についての間伐と路網整備の遅れをとりあげた。
要因として森林所有者が多いため施業集約ができず、規模の経済が活用されないこ
とがあるが、参考としてフィンランドの例が示されている。
同国では
1200Haが民有林だが、その7割はサラリーマンと年金生活者が所有して
いるため、林業経営の担い手にはなりえない。
そこで林業経営者が施業集約して、森林所有者がほとんど何もしなくとも植林から
木材生産、販売にいたる一連のプロセスを代行できるシステムを作り上げている。
その際、地域の林業を集約的かつ効率的に行うための路網整備計画を国などが最初
に作成し、その地域森林プログラムによって森林管理協会(
FMA)が広域的に整備
し、施業している。

FMAの目的は、法律によって「森林所有者の収益性の向上」と規定され、林業活動
にかかわるさまざまなサービスを提供している。
 森林整備では、生産林と非生産林を明確に区分し、生産林については持続的な森
林経営のための基本ルールが法律で整備されている。
具体的には伐採、更新の届け出、許可申請義務とその監視、調査があり、伐採後の
放置は、森林破壊として罰則があるという。
 本書では日本林業の市場の失敗としてあげた、先の4種類についてさらに詳しく論
証し、具体策を提言するとともに、森林の機能区分について、現行では
①水土保全林、②森林と人との共生林、③資源の循環利用林の三つになっているが、
林業の観点からはほとんど意味をなしていない。
具体的な施策に結びつかないため、過剰でムダの補助金のバラマキにつながっている。
これは諸外国と同じく、生産林と非生産林(自然再生林など)の二区分にして、生産
林について適切な施策を徹底して行うことを強く主張している。
 また森林組合についても、政府の失敗の最たるものとして厳しく指摘している。
地域ごとに独占的にサービス供給しているが数々の特権を持ち、一般からの参入を拒
んでいる。
組合員のための施業でなく、公共工事の受注を優先しているケースが多い。
事業内容は不透明で、林業の中核として期待はできない。
公認会計士の監査が絶対に必要である。

 日本の人工林は手入れされていないものが多く、森林の持つ公益的機能が十分に発
揮されていない。
現在、人工林の
8割は未整備状態で荒廃が進んでいる。
しかし林野庁では森林法制度を予算獲得のツールとして構築してきた。
このため海外では常識の森林破壊の防止は、わが国では野放しにされ、その一方で破
壊された森林を修復するための予算を確保して対応している。
まさにマッチポンプである(原文のまま)。
森林破壊の防止を最優先しなければならない。そのためには所有者に森林管理義務を
課す法制度も不可欠である。そして所有者に対する森林整備サービスを行う組織を充
実させることである。

  さらに農業分野で問題とされている中山間地の耕作放棄地も、林業経営集約に活用
することを検討したい。
農業としては急峻な傾斜でも、林業としては緩やかで機械化も可能な生産林適地にな
り得るとしている。
この提言は貴重だろう。
 他の先進国の例を見ても適切な対策があれば、わが国の林業は高い生産性を上げる
ことが可能で、十分な国際競争力を持つことができる。
基礎データも多く載っているので参考になる。
 ここで一つの事例研究「ある林業会社の再生」が紹介されている。
衰退産業とされてきた林業にも十分に再生の可能性があることや、再生により森林と
いう余りある地域資源をビジネスとして有効に活用できることを示した。


(株)A林業は、実際に行ったコンサルテイングの実例を踏まえた架空の会社である。

1.A林業の概要(創業)1950年、
(代表者)森 作造、
70歳二代目、(資本金)6百万円、(従業員)7名、
(業態)民有林を対象に素材生産
(植林、間伐等の育林、伐採)、国・公有林の施業請負
(販売先)製材所、メーカー、市場へ用材を販売(素材生産事業)2.事業の特色 
一般の林業事業体はほとんど森林組合の下請として、公共事業に依存しているが、当社
では創業以来公有林を入札で直接受注してきた。
また民有林所有者から直接施業を受託、集約して
86haの施業集約を実現、高密度の路網を
整備した。専務(子息)の技術が高い。
 素材生産は民有林所有者と5年契約、間伐材で収益を一部還元、売上高44百万円(6割)。
 公共事業請負は国・公有林の施業入札、売上高30百万円(4割) (2008年実績)

3.業務体制 
路網班(
2名)、施業班(3名)で素材生産、請負班(2名)で公共事業を担当。融通あり。

4.収支状況(2008年)% 
全社売上げ
100、原価80,1、売上総利益19,9、販管費21,0、営業利益-1,1であった。

5.現状分析と改善策
 路網を持つ強みは、受注に応じて生産ができることで、素材比率をさらに上げてゆく。
公共事業は不安定で採算も不利。森林組合とも競合する。民有林受注拡大にキメ細かな営
業を展開する戦略を立案。
2013年に営業利益21,5%の見通しを示した。
高い路網技術を活かして施業集約を拡大することが有利に働く結果となるという事例である。
                                   「了」
2011523日 吉澤有介

 

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