「秋に鳴く虫」小林正明著 2018年10月18日 吉澤有介

信濃毎日新聞社、平成2年6月刊  著者は、1942年に長野市に生まれ、信州大学教育学部を出て長野県の高校教師を勤めながら、信州の豊かな自然とともに暮らしてきました。特に秋に鳴く虫を研究して、彼らの世界に深く立ち入っています。本書の口絵には、見事な写真が紹介されていました。
秋になるとあちこちの草むらからコオロギの声が聞こえてきます。日本では、古くから人々に親しまれてきた秋に鳴く虫は、昆虫の分類学では直翅目に属しています。バッタ科、キリギリス科、コオロギ科などが主なものですが、昆虫はとにかく種の数が多く、日本の直翅目だけでも200種以上にも達しています。そのうち鳴く虫は60種はいるでしょう。
コオロギたちの鳴き声はさまざまです。
①本鳴き(呼び鳴き)—ふつうオスが一匹だけのときで、コロコロコロリー—と鳴いて、遠くのメスを呼びます。
②口説き鳴き—近づいてきたメスへのコールです。リーリーまたはルールーと鳴きます。
③争い鳴き—オス同士が出会ったときです。鋭く短い。リッ リッと鳴きます。
また集団をつくっていると、一斉に鳴き出すことがあります。その意味は、どうやら同種個体群の密度を高めることにあるようです。同種の雌雄の出会う機会が増えるし、捕食者の危険が迫っても、共同で避けることができるからでしょう。キリギリスやヤブキリでも、何個体かが鳴いているときに、そっと近づいて一匹に触ると鳴き止み、その異常を感じて他の個体も鳴き止んでしまいます。

コオロギ科のカンタンの鳴き声は優雅です。秋の明るいススキやハギの茂みで、ルルルルルル—と静かな透き通る声で鳴きます。羽を直角に持ち上げて擦り合わせているのです。メスがオスに近づくと、お互いに触覚を触れ合って、相手が同種の異性であることを確かめます。オスの前羽の後ろにある誘惑腺(ハンコック氏腺)に、メスは強く惹かれて舐めはじめ、そこでオスは腹から精嚢を引き出してメスに付着させます。産卵場所は、ヨモギの茎の中が多く、長さ3ミリほどの卵は、翌年6月末の雨の後の早朝に、細身ながら親と同じ形で孵化します。ただこの時はまだ羽はなく、8月中旬に成虫となるのです。

スズムシは、鳴き声の美しさと、飼いやすさで、おおくの日本人に親しまれてきました。野生の北限は、日本海側では秋田県、太平洋側では宮城県です。孵化は6月下旬で、成虫になるまで7~8回脱皮し、羽化は8月下旬で、4~5日するとリーンリーンと鳴き始めます。ウマオイはキリギリス科で、スイーッチョン スイーッチョンと鳴き、かなりの肉食でハチの幼虫などを好みます。クツワムシもキリギリス科ですが、こちらは菜食です。大型でガチャガチャとうるさい。カネタタキはコオロギ科で、樹上にひっそりと暮らして、チン チン チンと鳴きます。食物はよくわかりませんが雑食性らしい。今も新種がみつかります。

昆虫の大半は、羽を発達させて大きく成功しました。しかし直翅目の仲間は空を飛ぶことを止めたのです。花の蜜にも興味を示しません。捕食者から逃げるには、強い後脚で跳んで草むらに隠れます。羽を発音器に進化させて独特の構造をつくりました。同祖のゴキブリはフェロモンで異性を呼びますが、鳴く虫は歌うことにしたのです。オスだけでなく、メスで鳴くものもいます。彼らはなぜ鳴くようになったのか。今なお大きな謎だそうです。「了」

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