「ホントに緑は猛暑を和らげるか」福岡義隆著2015年6月15日 吉澤有介

- 植物気候学への誘い -
著者の都市の温度研究は、40年ほど前にダーウィンの「ミミズと土」から始まりました。そして昨今の夏の猛暑が、ラニーニャ現象によるところが大きいとされていますが、その監視観測の地点が、オーストラリアのダーウインにあります。まさにダーウインにはじまって、ダーウインに至ったという、これは著者の不思議な因縁でしょう。
夏の暑さについては、和辻哲郎が、名著「風土」の中で、「夏」とは一つの気候ではあるが、しかしその気候は人間の存在の仕方であると述べています。つまり気候は人間科学なのです。人間を生物に置き換えても良い。それに対して気象は物理現象ですから、ここに大きな違いがあることに留意しなければなりません。気温と表面温度も異なります。植物は外界の温度変化をまともに受けて、葉の温度が変わります。自ら温度調節ができません。生存の限界によって植生分布が決まるのです。ケッペンは気候区分図を1936年に完成させました。気温や降水量で、地域ごとに変わる水平分布、高度で変わる垂直分布は良く知られています。ただ平均値気候の概念に頼ると、「熱帯夜」という国際的に通用しない誤認が生じます。熱帯では一日の温度変化(日較差)が大きく、極地にゆくほど年較差が小さい。熱帯の朝方は震えるほど寒いのです。森林のこの較差を和らげる効果が確認されました。
都市気候と緑地率には大きな関係があります。世界の多くの大都市は温帯にありますが、そのヒートアイランド現象は、明らかに緑地率(蒸発散面積)に反比例していました。緑地率は30%あると十分効果的なのだそうです。この都市とは、人口ほぼ30万以上と考えます。匿名度(知らない人ばかり)と、衝突率(道路のすれ違いでの)から算出するのです。
大都市の人口一人当たりの公園面積をみると、欧米では20~30%ありますが、日本では東京で1.15%、札幌でも2.56%、最大の福岡でも3.21%と極端に少ない。NYでさえも19.28%もあるのにです。日本の場合は、周辺に山や水辺がありますが、それでも江戸時代には、幕府の規制で、民有林でも勝手な伐採を禁じていました。ところが明治以降の近代化で乱開発が進んでしまったのです。公園の冷却効果を、冷気の「滲み出し」といいます。近年、その効果を補う屋上緑化が注目され、気温緩和効果が確認されました。
公園や民地も含めた緑被率でみると、東京都では、荒川区3%、世田谷区などが21%、練馬区が最大で28%強といったところでした。緑のカーテンといわれるゴーヤは、日中の葉の温度は気温よりむしろ上がります。蒸発散でようやく効果を出しているのです。
著者は樹木の年輪の生長量を古文書などと照合して、江戸時代後半の小氷期を復元しています。さらに近年の酸性雨による樹木の生育障害も確かめました。ところがここ十数年、国内外の生長幅が樹齢要因を超えて徐々に増えているのです。地球温暖化もありますが、酸性雨や光化学 スモッグなどの窒素化合物が、あたかも窒素肥料のように作用したらしい。国際会議の争点にもなっています。一方、温暖化が土壌の乾燥を招き、生長を阻害する場合もあります。年輪は生きたCD-ROMなのです。これは植物が気候に、気候が植物に相互に影響しあっている植物気候学という、学際的・総合的な学問へのお誘いでした。「了」

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