「拡大する日本列島シカ食害」山と渓谷1月号より 2013年1月15日 吉澤有介

     シカ食害問題が月刊誌「山と渓谷」にも取り上げられました。被害は南アルプスから八ヶ岳、霧が峰へ、北アルプスでも目撃されています。長野県野生鳥獣対策室によると、八ヶ岳・霧が皆・美ケ原を含む「八ヶ岳地域では調査の結果,2004年にシカの生息密度が1km2あたり6,89頭だったものが、10年には19,7頭と、6年間になんとほぼ3倍に増加しました。当然、さまざまな形で自然環境に影響が出ています。まず草地からヤナギランが消えました。アザミやアキノキリンソウも、そして貴重なウルップソウまで食べられています。警戒心が強くて夜間だけ活動していたシカは、日中でも姿を見せるようになりました。山小屋周辺では防護柵を設置していますが、とてもカバーできるものではありません。
 霧が峰でも看板のニッコウキスゲが集中的にやられました。地元では電気柵を設置していますが、それはほんの一部で、柵の外側はほぼ全滅の状態です。あくまでも柵は暫定的なものでしょう。かっての感動的なお花畑を取り戻すためには、増えすぎたシカを適正な個体数にまで減らす、抜本的な対策が急務なのです。
 ここで全国のシカ食害地図(2009年~2010年)を見てみましょう。被害は全国的でした。
・北海道;夕張岳、大雪山、知床半島、アポイ岳などの貴重な花に被害が拡大している。
・東北;牡鹿半島金華山では、50頭/km2と超過密状態で、林床まで裸地化している。
・関東;尾瀬、日光、富士山周辺、伊豆、丹沢、櫛形山などが軒並みにやられている。
・北アルプス;山麓や上高地でも目撃されはじめた。環境省が昨年から調査している。
・南アルプス;20年前からひどい。とくに仙丈岳がやられている。
・西日本;大台ケ原、四国山地、祖母山、屋久島などに被害が拡大している。
これは「ニホンシカによる日本の植生への影響アンケート調査」(植生学会)の結果です。
 シカ肉の有効活用が期待されますが、そのためには衛生管理された食肉加工場で、商品価値を高め、ハンターにも適正な報酬を配分して、捕獲圧を強化してゆくことでしょう。欧米のようにシカ肉を「ジビエ料理」の高級食材としての地位を確立するのです。長野県では、ガイドラインを策定して普及を支援し、「信州ジビエ」として売り出しています。下諏訪町にある「自然育(はぐくみ)工房:岳」では、オーナーがハンターでもあり、品質にこだわった食肉生産で、県内外で販売量を増やしています。併設している食事処「山肉・季節料理・旬野」のシカ料理のロース肉は、脂身のコレストロールが低く、ヘルシーで柔らかい絶妙な味で人気があるだそうです。
 かって明治期より前には、日本列島に人間とシカの天敵であるオオカミがバランスを保って生きてきました。オオカミが絶滅した後も、戦後のある時代までは、農山村文化のなかでハンターが食用のため狩猟を行い、オオカミの役割を果たしてきましたが、ハンターの高齢化、激減に伴ってシカは急激に増えてきたのです。私たちはこの生態系バランスの崩壊を、一体どのようにして修復できるのでしょうか。考えさせられるルポでした。「了」

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