阿部さんの思い出    2014年3月

  阿部さんがいなくなってK-BETSの仲間は皆さん寂しい思いをしています。
訃報を聞いてたくさんのメールが飛び交いました。順不同でメールを掲載しましたが生前の阿部英二郎さんの姿がクリアーに浮かび上がってきます。
ご冥福をお祈りいたします。

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逝去の報に接し言葉がありません。例会でのお元気で積極的な発言や、イベントへの参加などで実行力のある方との印象でした。私のロンドン便りにも的確に含蓄のあるコメントを何度も頂き恐縮していました。合掌

荒川 英敏
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最近のご様子については案じていたところでしたが、不死身の阿部さんのことなのでまたお元気なお姿を見せていただけると期待していました。突然の訃報に接し残念でなりません。闘病中にも関わらず、遠路各地の現場まで足を運ばれ、多くの会合にも参加され、貴重な情報を多々提供していただきました。阿部様の幅広い人脈、行動力、人との接し方、は我々にとってかけがえのないものでした。Kシステムがここまで活動を広げられてきたのも、阿部様が東京新聞にK-BETSの事を紹介していただいたことがきっかけでした。誠に感謝に堪えません。米谷栄二
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旅先で訃報に接し、ただただ驚いています。

「ちょっと塀の中に行って来ます」とにこにこ話されていたのがついこの間の事でしたが・・・。

そのたぐいまれなる発想と行動力でK-BETSに多大な功績を残された事に心から感謝いたします。
吉川 浩
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阿部さんが突然亡くなるとはビックリですね。元気な、活動的な人だったのに。
「如月の大雪降れど消えてゆく彼が言ったこと消えることなく」廣谷 精

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つい先月の林業研にご参加下さり、その上、「kシステム」の活動には積極的にご支援を頂けて今後にも大きな貢献を期待しておりました。また2月18日には竹林整備事業の竹林会にも、遠路をモノともせずにご参加をいただき、活動への提言と支援を積極的に取り組んで行く意向を示されました。帰りの電車の中でも、ちょっと塀の中で静養しながら、各テーマのアイデアを練る意向も伺いました。また、バイオマス燃料の分野にも、多大な関心をよせられまして、「丸太薪ボイラー」に、先頭にたちまして、何も知らない新分野への先導役を果たされ、那須塩原温泉、栃木市など、率先して現場の把握と、関係者とのネットワーク構築に心を砕いていただけ、感謝に耐えません。その積極的なご活動に押されて、我々の認識も深まって、進むべき方向性が見えて、来たところでした。あまりのご活動への意欲に、必ず復帰するものと思い込んでおりました。今は、その御意志を少しでも実現出来る様に進むことで、そのお礼とさせていただきます。

渡辺雅樹

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阿部様よりバイオマスプラスチックやマルハナバチには大変興味を頂きお会いしたりして情報交換させて頂きました。昨年末が最後のメールになりました。
斎藤米司
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ご逝去の報に接し驚いております。「最近、食事が取れなくなって・・・」とおっしゃってました。残念です。
脇野紘胤
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篠崎さんからの依頼で、阿部さんのメールが受け取れるようにするにはどうすれば良いか、2月21日に携帯電話で話したのが最後でした。その時は、原因はJ-COMの為ではないかなど分析力も明晰でした。「週末には退院できるので、その後対処しましょう」と元気に語っておられました。思えば、阿部さんは議論もありますが、行動力の人であったと思います。そして、病気すらダジャレ含みのユーモアで笑い飛ばす姿勢・生命力に驚きそして感動しておりました。

宮地利彦
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阿部さんは、私たちK-BETSの中を、ものすごいスピードで駆け抜けて、天国に旅立ってゆかれました。その類稀な人格と行動力は、どこからきたのでしょう。ご本人の控えめなお話では、その源泉は学生時代の「和敬塾」にあったと伺ったことがあります。あの豊かな人脈と、きめ細かな心遣いは、並ではありません。自由と規律、人本主義を貫く「和敬塾」の精神そのものでした。もっとお話をお聞きしたかったのに、残念でなりません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
吉澤有介
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阿部さんとは限られた期間ですがK-BETSの活動を共にしたました。国産ボートウィンチや薪ボイラー開発の活動ではユニークな信念から推進されていたのが印象的でした。また病院から抜け出し、K=BETS活動に参加され「白い壁に囲まれた病院の中から抜け出て来た」のを楽しむかのように話していました。今度は広い天国で活動を続けることでしょう。

保田 力
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2月22日(土)に阿部さんから電話があったのが声を聴いた最後になりました。緊急入院したのは2月4日、寒い中、製紙連合会に数人で林業研途中で出かけた後でした。そのまま退院できなかったようです。阿部さまに案内・紹介されたイベントは多数ありリストにまとめています。中でも特に記憶に残るのは無煙炭化器に関してモキ製作所を紹介して頂いたこと。早速NPOたけもりの里が購入してトライ、竹炭の低コスト化に目途をつけつつあります。小湊興産石川社長を訪問されていくつかの企業を紹介頂き、長南近傍で実験作業ができるなど多数の恩恵に浴しています。千葉県産業支援技研、茨城県NPO法人3ケ所と提携など12年竹林チーム発足以来10件の折衝や情報交換がなされてチーム活動活性化の中心人物の一人でありました。今は竹が邪魔者になっているがその内に栽培して大量に生産する時代が必ず来るよと話していました。

篠崎正利
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製紙連合会のご縁で緑の募金からの助成金を得ることができ、その助成金の事業として「Kシステム体験会」を開催した際に阿部さんがご自分のお客様を本当に大切にしていらっしゃることがよくわかり、ビジネスパーソンとして基本姿勢を教えられた思いでした。折に触れ、思い出しています。ご逝去の直前まで活動にご参加されたこと、よかったですね。合掌。
大塚 絵理

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阿部さんは慶應義塾経済学部の2年後輩になります。後輩でなく先輩のようでした。あの人脈と行動力はご立派でした。一昨年お配りしたカレンダーを見てタイに住む娘さん(登山やスキーが趣味と伺っています)に持っていきたいので急ぎ送ってくれと頼まれたことが思い出されます。塩原の田中屋さんにも案内してもらいました。惜しい人を失いました。ご冥福をお祈りします。

岩田 頼次郎

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阿部さんの行動力には常々驚き感心をしていました。だいぶ以前に、仙台地方の小さな企業が震災用の非常食(餅の粉)を考案され、それに付加するにはきれいな水が必要とのことで、道志村の水が良いから紹介して欲しいとの依頼を受けました。道志村の水を管理し販売している横浜市水道局の担当者を紹介したところ、ほとんど日を置かずに面談に行かれたことがありました。恐らくそれほどの縁はなかったかもしれない小さな企業からの依頼に対して、阿部さんの行動のスピード・熱意に驚いたことがあります。我々年を取ると、過去からの知識や情報を口や紙の切り売りで商売する傾向になりがちです。阿部さんにはその点、足で稼ぐこと(行動)が大切だということを改めて教えてもらいました。

いずれ上界で色々と情報交換ができることを楽しみにしております。
岸本直彦

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我々にとって貴重な存在であった阿部様のご逝去が惜しまれます。核心をついた話や素早い行動力、更に病も洒落にして相手を気遣う生きざまを教えて頂きました。有難う御座いました。

進藤昭夫
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阿部さんは私と同じ王子製紙出身ですが、初めてお会いしたのは4年前で、退職してからのお付き合いです。旭化成で私が講演をした時、たまたま講演会に来ていた同じ会社の友人のご紹介がきっかけでした。丁度飯能プロジェクトが佳境に入っていた頃で、飯能に行く度についてきて下さいました。森林組合や市役所、駿河台大学、商工会議所などに何度もご一緒して下さいました。林野庁の木材利用課長、埼玉県庁の森つくり課長をご紹介頂き何度も訪問しました。栃木ではここのニラ蕎麦がうまいんだと蕎麦をご馳走になったのが懐かしい思い出です。何度か入会をお願いしましたが、会員になって頂いたのは1年ぐらいたってからでした。東京新聞の記者を紹介して頂き、当会理事長への取材やKシステムの現地取材で2度も記事を掲載して頂きました。この記事がきっかけで日本製紙連合会の上河常務理事にお会いすることが出来、「緑の募金」のご支援をいただくことになったのです。本当に阿部さんには、大変なご支援を頂いたものです。このたび、あっという間にお亡くなりになり誠に残念でなりません。今頃は天国で旧知の人たちとあの人懐っこいお顔で、駄洒落を飛ばしながら楽しく語らっておられることでしょう。私も天国に行く楽しみが出来ました。

清田 憲正
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阿部さんからはたくさんの事を教えていただきました。彼が口癖で話すのは人間として恥ずかしくない行いをしているかどうかを問題にしていました。被災地に地盤を持つ大政治家が災害復旧に顔を出さないことをなどを例にあげていました。

彼の幅広い活動は東北の被災者の入浴支援活動にまで及んでいました。常に前向きで新しい商品を考えた人がいたら早速サンプルを配って普及のお手伝いをするということが常でした。いつも新しい事を考え、「病院で動画落語に聞き入ることが楽しいよ」と話していました。私たちのNPOに全く新しい風を吹き込んでいただいたこと、感謝に耐えません。
福島 巖

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