みちのく紀行(その2)羽黒山 2011年7月9日 吉澤有介

 月山8合目からは、羽黒山経由鶴岡ゆきの定期バスが出ています。
これには結構乗る人がいました。7合目を過ぎるあたりから懐かしいブナの林にな
り、一時間ほどでミズナラや天然スギが現れると、まもなく標高
414mの羽黒山頂
広場に着きました。

 ここから羽黒山の本殿には、歩いて10分もかかりません。
一般の参拝客は大体ここまでバスできて、本殿の出羽三山合祭殿にお参りするので
す。私もここで下車してお参りすることもできましたが、ここは翌日、古来からの
表参道を、麓の鳥居から杉並木の続く
2446段の石段を登って、この本殿にお参りす
ることにしました。
もともと現代の効率第一主義とは別な世界に踏み入るつもりだったからです。

 それに折角の機会なので、山伏たちの修験道にすこしでも触れたくて宿坊に泊る
ことにしていました。
宿坊には吉野山や富士吉田などでお世話になった良い思い出があったからです。
ネットで調べてみると、ワラ葺きの古い家や神社のような宿坊もあって、お値段も
民宿並みです。その中から由緒のありそうな
S院に電話で予約してありました。

 案内を乞うと、奥から作務衣姿の当主のKさんが出てきました。
50才前後の物静かな方で、あとで伺うと国学院大学出身の正式な神主さんとのこと
でした。

dscn3984.JPGdscn3983.JPG

     宿坊S院                 ホラ貝

玄関を入るとすぐそこは祭壇のある部屋で、その奥に大きな広間があり、床の間
にホラ貝が飾られていました。
2階には10畳の個室が廊下の両側に10室ほど並んでいます。その一室を一人で独占する
ことになりました。
お風呂はいつでもどうぞというので、明るいうちに行ってみるとなんと泡風呂の大浴
場です。
しかも大きな窓からは裏手のスギ林が静かに広がって、自然の中で一人だけでゆっく
りと山の疲れが癒される、まさに豪華な温泉並みの素晴らしいお湯でした。
広間での夕食では、同宿の3家族の10人と一緒になり、ここでまず当主のKさんか
ら羽黒山と
S院の歴史についての解説をお聞きしました。
羽黒山は月山、湯殿山とともに出羽三山として
1400年の歴史を持つ、神仏習合の修験
道のお山です。
S院は江戸時代の初期にはすでに山伏としての装束、ホラ貝の印加を受け、本殿か
らお山見回りの俸禄を頂く数軒の一つという名門とのことでした。
ご先祖は
18代以上まで遡れるそうです。
さらにお話を伺うと、ここを定宿とする講社は、昔から主に宮城県の女川、気仙
沼、福島県から茨城県にかけての太平洋沿岸の漁師の人たちでした。
今回の東日本大震災の津波で、いつもお参りに来られる皆さんがたいへんな被害を受
けたのです。
Kさんはすぐにお見舞いと支援に駆けつけましたが、その惨状は凄まじいものだった
そうです。
一日も早い復興を祈っていますが、しばらくは参拝どころではありません。
いくら山伏といっても霞を食べて生きてはゆけないので、これからが大変ですと複雑
な思いを話されました。こんなところにも震災の影響があったのですね。
それにしても山伏の修験道のお山を、海に生きる漁師の人たちが深く信仰していたと
いう意外なお話でした。
 夕食の献立はゴマ豆腐を中心に山菜づくしの季節感溢れるものでした。
湯上りのビールも格別で早々に床に就きましたが、夜半にはかなり激しい雨があった
ようでした。
 さて翌朝、Kさんからお誘いを頂いて、6時半からのお勤めに参列しました。
祭壇にはたくさんの蝋燭が燈されています。そこに
Kさんが正装の山伏姿で現れまし
た。お勤めはまず太鼓の合図で始まり、ついでホラ貝が鳴りました。
3音階のきれいに澄んだ深い音色です。
これが聞きたかった古代和製ホルンの響きでした。御祓いについで荘重な祝詞があげ
られ、自然に身が引き締まる思いがしてきます。
驚いたのはその祭壇で護摩が焚かれたことでした。真言から天台に及ぶ山岳修験道の
伝統が、現代にまで生きていたのです。

 清清しい思いで、いよいよ羽黒山への表参道に向かいました。
雨はもうすっかり上がったようです。随身門から祓い川を渡ると、まもなく深いスギ
林のなかに国宝の五重塔が見えてきます。そのすぐ手前に樹齢千年といわれる爺スギ
が、神々しく聳えていました。

dscn3989.JPGdscn3991.JPG

      爺スギと五重塔              五重塔の正面

 爺スギはこの山一番の老樹です。樹高42m、根回り105mもある現役の生物です
から凄い。五重塔は
920年代の平将門の創建といわれていますから、ほぼ同じ生命を
伝えているのです。
ここからは本格的な長い石段道になるので、一般の参拝客はここまで来て、またバ
スまで戻って頂上の本殿に先回りするのです。
しかしこちらはもうすっかり山伏になった気分ですから、どんどん石段を登ってゆ
きます。またそれでなくてはなりません。

dscn3997.JPGdscn3999.JPG

    表参道杉並木と石段          山頂に立つ三神合祭殿

 石段沿いの杉並木は、樹齢350500年といいますから、古いものは信長や秀吉のい
たころに寄進されたことになります。
中にはこの写真(左)のように
2本のスギが根元で一つになっている双子スギがかなり
ありました。
つまりこれらの寄進されたスギ林は、現代の人工林と違って枝打ちも間伐も一切行わ
ない、全くの自然のままに育ってきたのでしょう。
江戸時代初期に地元の庄屋から寄進されたという周辺のスギ林も、見上げるほど高く
、鬱蒼と茂っていました。
 2446段の石段を登りきると山頂の台地になり、深い霧の中に東北随一といわれる豪
壮な三神合祭殿が現れました。
中央に月山神、右に羽黒山神、左が湯殿山神を祀られています。
ここであらためて参拝しましたが、さすがに出羽三山の本殿です。
おおぜいの信徒が昇殿してご祈祷を受けていました。
 帰りはまたあの長い石段下りではもう脚が持ちそうもありません。俄か山伏はここ
であっさりと返上して、鶴岡行きバスの客となりました。
今回はもう一つの湯殿山は割愛しましたが、お天気にも恵まれて、月山の自然と羽黒
山の信仰に触れる、みちのくの楽しい旅を満喫した次第です。
S院のKさん、まことにありがとうございました。
「了」

カテゴリー: メンバーの紀行文集 パーマリンク