「生きものは円柱形」本川達雄著 2018年3月18日 吉澤有介

NHK出版新書2018年1月刊
著者は、歌う生物学者でおなじみの東工大名誉教授です。私たちが、生物の共通性・本質を捉えるには、五感で直接感じ取ることが大切だといいます。生物を見てまず気づくのはその形でしょう。ところが教科書では肉眼ではなく、いきなり細胞・タンパク質・遺伝子といった電子顕微鏡レベルの話から入ります。これでは理科離れが起きても仕方ありません。著者は生物を、見た目の形でざっくりと「生きものは円柱形である」と定義しました。現象学を創始した哲学者フッサールの本質の捉え方によったのです。細かいことを別にすれば、樹木の幹は円柱形です。私たちの指も腕も、首も胴体も、ミミズもウナギもそうです。体の内部でも、血管や気管や腸も円柱形ですし、蝶やトンボでも幼虫のころは円柱形でした。

なぜ生きものは円柱形なのでしょうか。生命のはじめは、細胞が一個だけの単細胞生物でした。細胞膜は表面張力によって、表面積の最も小さい球形になったはずです。それが新しい機能を追加しながら多細胞生物に進化してゆきました。サイズが大きくなると、表面積は長さの2乗に、体積は3乗に比例するので、体積当たりの表面積は、長さに反比例して小さくなってしまいます。生物は内部の組織を養うために、表面から栄養や酸素を取り入れるので、表面積の確保は死活にかかわる重大問題なのです。そこで生物は球から変形して、強さを保ちながら表面積を確保するために円柱形を選択しました。動物の場合は動き回るにも好都合だったのです。陸に上がってからも、脚で硬い地面を強く蹴るために、脚は円柱形になりました。植物でも、高く伸びて光を集めるために強い幹をつくりました。さらに表面積を大きくするため、枝の間に膜を張った葉を進化させました。葉脈を見るとわかります。

また生きものの体は、ほとんどが水でできています。生命は海の中で生まれました。水という液体の類まれな特性があったからです。生命は膜に包まれた水ですから、柔らかくてしなやかです。そこには複合材料をうまく組み合わせた、結合組織の大きな働きがありました。
生物の基本は円柱形で、円柱には硬くても柔らかくても様々なメリットがあったのです。
ところが生きもの以外では、人工物の建物や室内の空間は大体が四角形で、硬くて乾いたものばかりです。人間の技術の始まりは、硬く乾いて変形しにくい材料を使って、効率よく自然を破壊することでした。石器時代からの文明の流れです。乾いたものは壊れにくく、廃棄物の山になってしまいます。生物は、他の生物のつくったものを利用し、自分もまた死んでから他の生物に利用されるリサイクルを続けています。水に濡れているからできたのです。そこで湿っぽくて柔らかい人工物があったらどうでしょうか。単に生物の高機能を学ぶのではなく、自然を謙虚に捉え、生物の環境と相性の良いデザインを学ばせて頂くのです。これからの技術は、ヒトや環境と相性がよくなければなりません。生物学の出番がきました。

本書では、さらに生物のサイズと動きから、時間のデザインについて考えます。物理的時間でない生物の時間をみると、時間の速度は、エネルギー消費量に比例していました。動物は、なぜ車輪を使わないのかなどの楽しい話題もあり、一気に読了してしまいました。「了」

 

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