「動物たちの武器」ダグラス J エムレン著2017年7月1日吉澤有介 

- 闘いは進化する -  山田美明訳、エクスナレッジ社2015年6月刊
著者は、モンタナ大学生物学教授です。フン虫の進化を研究するうちに、身体の大きさの割りに巨大な武器を持つ種がいることに気づきました。なぜ角がこんなに大きいのか、なぜ多様な形があるのでしょうか。  生物では、ヘラジカ、シオマネキや、ゾウなども風変わりな巨大な武器を持っています。そこには多くの共通点がありました。しかもその共通点は、人間の武器の歴史にもそのまま当てはまっていたのです。

本書は、人間の闘いとほかの生物の闘いを、生物学的に探求するという異色の武器物語となっていました。 巨大な角は魅力的です。しかしこの巨大さは何かを犠牲にしなければなりません。角はどの骨よりも速く成長し、そのためのエネルギーコストは、通常の2倍はかかります。食料だけではそのミネラルを取りきれず、自分の骨からも調達するので骨がスカスカになります。その体でオスはメスを巡る熾烈な戦いをして、ボロボロになってしまうのです。進化の観点から見ると、巨大な武器はとても生存に適しているとは思えません。事実、異様に巨大な武器を持った多くの種が絶滅してしまいました。武器の大きさと行動能力の、程よいバランスを持つ種だけが生き残ってきたのです。

シオマネキのオスは、巣穴を巡って争います。外には放浪する無数のオスが巣穴を奪おうとしています。しかし現実に闘いは殆ど起こりません。放浪するオスは、自分よりハサミの小さいオスの巣穴を狙い、そこで互いに衝突を回避して持ち主が交代します。巣穴という限られたスペースでは、オスの一対一の闘いになり、大きな武器が戦闘の抑止力になったのです。それはより大きな武器を求める軍拡競争の始まりでした。この生態学的状況は、まさに戦闘の力学「ランチェスターの一次法則」のモデルそのものといえます。
しかし大きな武器にはコストがかかります。その負担に耐えられるだけの余裕のある個体に限るので、そこに格差が生まれ、メスの方でもオスの武器を吟味して選択します。

進化では、自然淘汰の力より性淘汰の力のほうがはるかに強い。自然淘汰なら環境に適応した時点で安定するのに、性淘汰では生殖の機会を求める闘いに限度がありません。往々にして行き過ぎが起こるのです。メスは妊娠や子育てに時間をとられ、生殖可能時期が短い。その僅かの機会に殺到する多数のオスの闘いは熾烈を極めます。中世の騎士は、少数の相続権を持つ女性を巡って、戦闘や競技に命を賭け、重い甲冑を身につけて厳しく技を磨きました。しかし石弓などの新兵器が出現すると、重装備では全く動きがとれませんでした。また小さいグンタイアリは大軍で一斉攻撃して、シロアリの強力な武器と基地を粉砕しています。

メスと資源を巡る生物の闘いは進化して、機動力や騙しなどの新戦術で、単純な軍拡競争を無意味のものにしてゆきました。巨大な武器は、抑止力にはなっても実際に使う機会はほとんどなく、かえって大きな負担になりました。人類の古代からの多くの海戦、現代の大戦や冷戦の歴史もよく似ています。コストと効果のバランスに行き着くのです。しかし、大量破壊兵器がもし使われたら、状況は一変することでしょう。     「了」

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