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2017/1/27 金曜日

露伴の[運命]とその彼方 杉山正明著 2017年1月26日 吉澤有介

カテゴリー: 気候・環境,社会・経済・政策   by k-bets 編集長 @ 23:45:15

著者は、京大大学院教授で、モンゴル史、中央ユーラシア史、世界史の専門家です。
たまたま出合った本書には、内容を殆ど理解できないまま、実に不思議な印象を受けたのでメモをとることにしました。したがって全くの生かじりであることをお許しください。
幸田露伴に「運命」という重厚な名作があるとは聞いていたものの、残念ながら実物を読んでいないので、ご紹介することはできませんが、明王朝における「靖難の変」を舞台にした史伝的小説だそうです。そこに登場する明帝国の創始者の洪武帝は、歴史上稀に見る残虐な殺戮者でした。彼が覇者となったのは、ちょうどその時代が小氷期に入って、環境が極端に寒冷化し大混乱したためだったのです。ただ「運命」に導かれてのことでした。その後2代目の建文帝と叔父の燕王(後の永楽帝)が覇権を争いましたが、彼らも先帝とそっくりな異常者でした。結果として1402年、「靖難の変」で永楽帝が勝利しました。
当時日本では、足利義満が永楽帝に朝貢して「日本国王」に封ぜられ、明朝を高く評価していましたが、実は途方もない悪党だったのです。その永楽帝も、モンゴル遠征で哀れな最後を遂げてしまいます。碩学の露伴は彼らの悪行をすべて見通していました。ちなみに稀代の殺戮者、洪武帝を心より敬愛していたのは、毛沢東と麻原彰晃だったそうです。
さて本書の主題はその明帝国ではなく、まさにその時代に、はるか西方に向かってモンゴルの名将チィムールが率いた、遊牧騎馬軍団の大遠征にありました。第二のチンギス・カンとも呼ばれ、阿修羅のごとき働きぶりだったのです。オスマン朝を席巻し、ヨーロッパ、地中海まで攻め込む勢いでした。当時のヨーロッパは英仏による百年戦争がようやく納まった頃で、イベリア半島のカステーリア王国が力をつけていましたが、そのエンリケⅢ世は、チィムールの脅威に怯えて急遽情勢探査のための使節団を派遣しました。
使節団は、国王の側近である貴族と修道士らで、3年間騎馬軍団に随行し、詳細な報告書を作成し、それが今日まで残されて貴重な資料となっています。モンゴルについては、その百年前に、マルコ・ポーロの見聞録がありましたが、全くいい加減な情報でした。ところがこの使節団の記録は、中央ユーラシアの地理、人々の暮らし、風習、景観、産物まで含めた実に精緻なものでした。チィムール軍団の動きもすべて記録されていたのです。
チィムールはシリアのアレッポを陥落させ、ダマスクスを包囲してマムルーク朝のエジプトに迫りました。ここでエジプト王朝は和平を求めて、当時第一級の人物で大法官であったハルド-ンが交渉に当たり、64歳のチィムールとの会見が行われました。ほぼ同年代の二人は話がよく合ったようです。交渉はまとまり、多くの贈り物とともに騎馬軍団は帰途につきました。どうやら彼らはヨーロッパにはあまり興味が無かったらしい。あくまで草原が活躍の場だったのです。ヨーロッパは運がよかったというべきでしょう。
1404年、サマルカンドに凱旋したチィムールは翌年、東方に20万の騎馬軍団を発進させました。しかし気象は厳しく,吹雪の中で彼はついに他界し、軍団は霧散しました。明朝はついていたのです。真の英雄であったチィムールも、すでに余命が尽きていました。「了」 平凡社2015年1月刊