「地球千年紀行」月尾嘉男 2014年5月7日  吉澤有介                      

   著者の専門はメデア政策で、「贅沢の創造」、「IT革命のカラクリ」など多数の著書がありますが、趣味はカヤック、クロスカントリースキーなどで、カヤックでは2004年に南米大陸南端のケープホーンを周回した本格派です。そのとき滞在した先住民族の集落で彼らの叡智に触れて、地球環境問題への対策の宝庫であることを見出しました。  人間を中心とする社会が、時間とともに進歩するという思考は幻想に過ぎないのです。

 先住民族を、環境問題に対する先達としてTV番組で紹介する著者の企画は、パナソニックの支援を得て、BS-TBSで2008年から2011年にわたり20回放映されました。ご覧になった方も多いかと思いますが、その内容を書籍の形にしたのが本書です。

 著者はまず情報通信がもたらす損失を挙げています。インターネットが社会に登場して約20年が経っただけですが、2010年度には地球の人口の3割が使用し、日本でも4人に3人まで普及して社会が大きく変わりました。しかし、すべてが利点ではありません。現在の日本国内の情報通信の電力は5%程度ですが、2025年には約20%になるそうです。さらに悪質な犯罪も多発しています。国家的な損失も莫大な額にのぼることでしょう。

 清潔国家がもたらす損失もあります。日本の温水便座の普及は、朝の総電力の2.7%に相当し、これは偶然にも津波で壊滅した福島第1原発6基の出力と同じなのだそうです。進歩史観は、人口の急増によって、地球規模に大きな環境問題をもたらしています。

 ここで先住民族を見てみましょう。先住民族といえども、現在では技術文明と無縁ではありません。日常生活では、家庭電化は進み、情報通信も利用し、四輪駆動車も所有して狩猟をしています。しかし、祖先から伝達された伝統文化を維持するという襟持によって、自然と一体で生活していた時代の叡智を、意識して保持している民族も多いのです。著者は実体験によって、その叡智に感動し、環境問題へのヒントになると確信しています。

 本書では世界の先住民族から、北米のイヌエット、イロコイ、ナヴァホ、南米のケチュア、アイマラ、北欧のサーミ、アジアのハルハ、ブータン、ヌン、ミクロネシア、豪州のアポリジニとマオリを紹介しています。著者はもともと工学出身で、民族学の素養も探検家的経験も乏しいのに、先住民族を砂漠や密林や極地に探訪し、毒蛇や害虫に悩みながら生活を共にして撮影しました。食事や排泄など、まさに難行苦行の連続だったそうです。 個別の事例は挙げきれませんが、一例として、ミクロネシアのヤップの持つ航海術があります。全長10mもない1枚帆の丸太のアウトリガー・カヌーで、星座だけを頼りに自由に航海できるのです。1975年12月、沖縄国際海洋博に3000kmの距離を、台風を回避しながら47日間で6人が到着しました。かっての統治国ドイツに永らく禁止されていた技術でしたが、民族舞踊の中に極秘に伝承してきたのです。それが見事に再生して、世界を驚かせました。ヤップでは現在もなお石貨が実態経済を支えています。また父系社会が維持されており、父親の権威が絶大で伝統が守られていたのです。各地域の先住民族の記録は、実に貴重なものでした。著者はじめ関係者の努力に深く感謝する次第です。「了」

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