「オオカミの魂(こころ)」2013年10月1日 吉澤有介

  人と自然の新しい関係 マイケル・W・フォックス著

著者はロンドン大学で、心理学と行動学を学んだ。とくにイヌ科の動物の権威として、世界的に評価が高い。本書では、まずオオカミと親しく生活をともにして、その生態と行動を明らかにする作業から始めて、人間の精神世界のありようへと論旨を進めてゆく。 こうすることで著者は、これまでのオオカミへの理由なき恐怖と、悪意に満ちた偏見から解放して、その理解を深め、さらにあらゆる生き物への畏敬の念を育てようとする。
 同じ食肉類にもかかわらず、イヌとオオカミが辿った運命は対照的である。イヌは人間の価値観や好みに合わせて選択育種が繰り返され、いまや空前の繁栄を誇っている。ところが、大型の獲物を狙うハンターとして、人間と同じ生態的地位を占めてきたオオカミは、絶滅の危機に瀕している。家畜化されたイヌは生きのび、ほんとうの野生の象徴とされるオオカミは、まさに滅びようとしている。双方のこうした状況は、どちらも人間と自然とのいびつな関係を忠実に反映しているのだ。著者は、自らの観察や飼育により、深く付き合ったオオカミからの教訓をしっかりと受け止めて、わたしたち人間の意識と価値観の変革こそが、その関係を適切に取り戻すことを、詳細に記している。

 イヌはオオカミを家畜化したという説があるが、お互いの関係はさほど近くはない。共通の祖先はいたにしても、家畜化と野生の本質は遠い。オオカミはオオカミになるべく自然に適応し、進化してきたのである。そしてオオカミの社会性は、私たちに最も近いとされる霊長類よりも人間に近いという。先史時代の人間の社会と、驚くほど似ているのだ。

 群れのリーダーは、攻撃性よりも気配りが優先し、個性豊かなメンバーを暖かく統率する。いわば親切な独裁者と言って良い。群れの維持のために、成人した若オオカミは生殖への参加をとどめられ、専ら幼い子オオカミの保育に当たる。繁殖率はイヌよりはるかに低い。ペアとなった親オオカミは常に連れ添って、その家族愛は極めて深いものがある。

 オオカミのアイコンタクトは、人間の子供や女性に優しい。ただ男性には、本能的に初めだけやや緊張するようだ。オオカミの群れの儀式は、人間の文化と共通するものがある。群れへの集団的忠誠を表し、リーダーに愛情を込めて挨拶する。お互いの関係にもルールがあり、自尊心を意識している。またボデーランゲージが効果的に働くことが観察されている。その言葉は、ほかのオオカミとの距離を縮めたり拡げたり、一定に保ったりする。所定の信号は、攻撃する、接近する、転がる、逃げる、追いかけるといった意図を示し、遊びを誘ったりもする。オオカミは身体全体で感情を表すが、その社会生活が私たちの祖先とそっくりだからだ。オオカミには、高貴な野生という言葉がよく似合う。
 オオカミの遠吠えも、二つの群れが近づいたときに争いを避ける意味がある。お互いの距離を保ち、狩りをしない領域を残してシカを追い詰めない。その野生保護の知恵は素晴らしい。オオカミと人間との絆ができると、野生の仲間と同じ信頼と愛情を示してくれる。
ありのままのオオカミに思いやりをもつことで、著者は人間になったと告白している。
「了」

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