「シカと日本の森林」 佐光良三 2012年12月5日 吉澤有介

  保護から管理へ 

 いま日本各地の山林で、増えすぎたシカによる食害が大きな問題になっています。本書では、主として四国山地での被害の実態を詳細に報告して、日本の多様性豊かな森林における自然保護問題の、これからの取り組み方について貴重な提言をしています。

 著者らの調査によれば、四国中部の最も自然豊かな剣山から三嶺山系にかけての稜線に展開していた一面のササ原が、2006年ころからあっという間に消滅し、その周辺のシラビソ、ダケカンバやウラジロモミなどが、どれも樹皮をはがれてボロボロな姿で枯れてしまったそうです。下草や低木もやられて、表土が露出して崩れ出しています。その規模とスピードは尋常なものではありません。森林地帯の自然環境保護については、1990年代から保護優先の方向が定着したはずでした。そこにこのシカ問題が突発したのです。

 これまで自然の生態系でのシカ生息密度は、1平方km当たり3~5頭とみられていましたが、実地調査によるとそのほぼ10倍にも達していました。著者らは、その急増の主因を林業の衰退による山村の過疎化で、人と自然の関係が壊れたことにあるとみています。

 国内では、各地でもっと早くからシカの食害が問題になっていました。世界遺産の知床、奥日光などの被害が大きく、それぞれに駆除と植生保護の両面から独自の対応をしてきましたが、首都圏でも丹沢山系に被害が拡大しました。しかしここでは都会に近いだけに、市民による自然保護運動も絡んで複雑な対応が迫られたのです。結局は管理捕獲の合意が成立しましたが、シカ問題は地域による捉え方が大きく異なっていました。

 シカをはじめとする大型草食獣の過剰問題は、日本だけで起こっていることではありません。本書ではヨーロッパでの実情が報告されています。100年前には乱獲が問題になり、その後保護に転じて、ちょうど日本と似たような経過をたどりました。単純計算での生息密度は、1平方kmあたり15~45頭もいるのです。しかし日本とは異なり、土地所有者には「狩猟権」があり、狩猟者から収入が入ります。1ha当たり30~100ユーロだそうです。それでも食害はあるので、直接間接の補償制度があります。また一般的に狩猟鳥獣肉(ジビエ)は一大産業であり、各家庭の食卓を豊かにする文化的な要素が大きいので、生息数の増加は肯定的に受け止められている側面があります。ノルウェイでは狩猟免許は取りやすく、イヌを連れたチームによるアウトドアスポーツになっています。市町村ごとに管理区分があり、狩猟チームに自然資源の捕獲許可が出ます。射殺後の処置には、森に解体小屋があり、多くは狩猟者自身が販売まで手がけ、売れ残っても流通業者が引き受けます。収入面では、狩猟権への支払いや諸経費でほぼトントンですが、関係者がそれぞれに満足するプラスの価値があるといいます。狩猟獣を資源として捉えるシステムは、一次生産地域における大型草食獣の被害問題を解消する有効な方策といえるでしょう。
 日本でも1990年代を境に、それまでのシカ保護政策から、シカの捕獲・管理へと大きく転換しましたが、このような関係者や自然環境がすべてプラスになるようなシステムはまだ構築されていません。次世代に残す自然のあり方が問われているのです。「了」

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