「化石の分子生物学」 更科 功 2012年11月22日 吉澤有介

  生命進化の謎を解く

 生物を理解するには過去を知らなければなりません。そして過去に生きていた生物を知るためには、化石がその手がかりになります。一方、今日の分子生物学はDNAという共通言語を手に入れました。化石の中には古代のDNAが残っているはずですから、もしそれを取り出すことができれば、生物の過去、進化の歴史が明らかになることでしょう。

 本書はそのような課題に挑戦した人々の物語です。化石からDNAを取り出すのはそう簡単ではありません。一番話題になったのは、映画にもなった恐竜のDNAでしょう。あの「ジェラシック・パーク」では、コハクの中に閉じ込められた蚊が吸っていた恐竜の血からDNAを取り出して、バイオテクノロジー技術によって、恐竜を現代に蘇らせるという話でした。これは発表されたタイミングが、ちょうど専門の研究者たちが取り組んでいた時期と重なっていたために、現実味があって大ヒットとなりました。コハクの中にはよくムシなどが閉じ込められています。そして映画の前年に、コハクの中にいたシロアリから、実際に古代DNAが発見されたところだったのです。それは25百万年前の化石でした。しかし恐竜が絶滅したのは65百万年前です。恐竜のDNAに多くの研究者が挑戦しました。本書ではその手法を丹念に追っています。鳥類との関連もあるはずなのです。しかし残念ながらその結果は出ませんでした。またコハクの中のムシも、まるで生きているように見えながら、体内のDNAはすっかりミイラ化していて、古代になるほど難かしかったのです。

 もっと近い時代ではどうでしょうか。まず現代の人類と、その前に絶滅したネアンデルタール人との関係です。これはある時期に相互に交配していたことが明らかになりました。

 アメリカのフロリダ州の沼地から発掘された八千年前の人骨は、アメリカインデアンとは別系統だったそうです。それらは化石になった頭骨の中にわずかに残った組織から、ごく小さな手がかりを取り出して培養するという、膨大な作業によって解明されました。

 また縄文人の起源についても、その新技術で大きく進展しました。北海道の縄文人は北東アジアに近く、しかも現代のアイヌとも大きく異なっていました。アイヌは縄文人の直系の子孫ではなく、北東アジアから来た別系統の集団だったのです。弥生人は日本列島に何回も侵入したこともわかりました。同時に縄文人も南方系とは限らない。むしろ南方系の人々は少数派だったのだそうです。ミトコンドリアDNA分析の成果でした。

 生物の進化は形態だけではなく、DNAもタンパク質も変化してゆきます。その変化の速度も種によってさまざまですが、大きく考えると分子の変化速度はほぼ一定と見てよいという説があります。その分子レベルの進化的変化の大部分は自然選択ではなく、中立、あるいは損にも特にもならないほぼ中立的な突然変異がおきた遺伝子が、集団全体に広まったものだといいます。このあたりはしっかりと説明されているので、分子生物学の発展の一端を窺い知ることができるでしょう。また研究者たちの苦闘の跡も凄まじいほどでした。著者は1961年生まれ、東京大学教養学部を出て民間企業に勤務した後、大学院理学研究科で博士(理学)になりました。専門は分子古生物学です。「了」

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