ダンゴムシにも心はあるのか 森山徹著 2012年7月25日  吉澤有介

   著者はまず「心とは何か」という問いから始めます。そこで辿りついたのは「心という言葉が日常生活で使われるときに把握される抽象的な概念」と捉えて、現実の世界にそれがどのように存在しているかを、実験的に確かめようとしました。それは科学の現場で言われている「心とは脳の特定部位の働き」とは違う、もっと抽象性の高い何かであるはずなのです。自分にたとえてみれば、普段はうかがい知れない「もう一人の私」といったものです。その実態は「隠れた活動部位」として発現すると考えました。それならば人間に限らず、あらゆる対象に観察できるはずです。

 ダンゴムシは、どこにもいるごく身近な生物です。甲殻類で、7対の脚を持つ等脚目という動物群に含まれています。視覚はごく弱く、その代わりに頭の先に2対のアンテナ(触覚)があって、あたりを探りながら行動します。危険を察知するとすぐ丸くなることは、皆さんもよくご存知でしょう。

 著者は、そのダンゴムシにも心があると考えて、さまざまな行動実験を試みました。迷路実験、行き止まり実験、きらいな水包囲実験などで、普段と違う未知の状況と課題を与えて、ついにダンゴムシから「常識」では考えられない行動を引き出し、彼の潜在していた「心」が自発的に発現したことを突き止めたのです。大脳を持たないダンゴムシは、未知の状況に出会っても立ち止まることなく、その「心」によって予想外の行動を発現させました。ここで脳機能に頼らない新しい「心の科学」が生まれたのです。

 著者はさらにタコやヒキガエル、ミナミコメツキガニなどにも、潜在部位の発現による予想外の行動を確かめています。彼らが集団で社会行動をする際にも、働きかけた相手に潜む見えない能力、すなわち「心による余計な行動の抑制」を認めて、その状況を待って行動することがわかったのです。

 著者は、心の科学とは「働きかけ、そして待つこと」で成立する科学だといいます。そしてさらに「庭先の石」にも「心」があるのではないかという問いかけをしています。石はただ静止しているのではなく、静止しようと行動しているとみるのです。大気や土など外界からの働きかけに対して、隠れた活動部位(分子)が劣化速度を調整していると考えれば、石においてさえも「石の心」が存在するとみなすことも可能だというのです。

 言われてみれば、この考えは私も若い頃の岩登りで実感した、ごく自然な感覚に通じるものがあります。またダンゴムシの心については、古い諺にある「一寸の虫にも五分の魂」そのものと言えるでしょう。昔の人はしっかりと見ていたのですね。

 著者は1969年生まれ、神戸大学理学部を出て知能科学を専攻している異色の研究者です。この「ダンゴムシ」の行動実験についての論文(共著)は、日本認知科学会奨励賞を受けました。国際会議でも最優秀論文賞をとったそうです。そして本書も、すでに第2刷でした。このような研究者がいたのですね。「了」 

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