「日本海」-その深層で起こっていること-蒲生俊敬著2016年4月9日吉澤有介

日本海とはどのような海でしょうか。いつ生まれたのでしょうか。日本列島はかってユーラシア大陸の一部でした。それが大陸から離れたのは、今から1500万~2000万年ほど前のことです。ではなぜその時期に離れることになったのか。プレートテクニクスによれば、それよりさらに2000万年ほど前に、インド洋を北上していた巨大な陸塊インド亜大陸がユーラシア大陸に衝突し、そのまま食い込んでゆきました。その結果ヒマラヤ山脈が隆起し、その歪はさらに東に向かって、大陸の東端に亀裂をつくったものとみられています。
そこに生まれた日本海は、ちょうど程よい大きさになりました。広さは全海洋の0,3%しかありませんが、最深部の深さは、約3800mもあります。大きな特徴は、①外部の海と繋がる海峡が浅く、地形的な閉鎖性が強いこと、②対馬暖流が常に流れ込んでいること、③冬季に北西季節風が吹き抜けることです。そのために活発な深層水循環系が生まれ、周囲の海の影響を受けずに日本海の中だけで完結しています。それは世界中の海洋を繋ぐ大規模な熱塩循環系コンベアーベルトと原理上同じで、日本海は世界の海の「ミニチュア版」といってよいのです。世界の海洋は、おおよそ2000年の周期で循環していますが、日本海では100~200年で循環しています。それだけ地球環境の変化に対して敏感なのです。そのために周辺諸国だけでなく、遠い欧米の研究者からも注目されるようになっています。

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近年の高精度な観測によって、日本海の実態が次第に明らかになってきました。水深2000mあたりより深くなると、他の海洋と違って水温も塩分も全く一定になります。沈み込んだ表層水が活発に攪拌されて、日本海固有の均一で豊饒な深層水になっていたのです。その元である対馬海流は、黒潮系の海水だけでなく、東シナ海から対馬海峡に向かう台湾暖流系の海流をも含んでいます。最終氷河期が終わって流れ込んだ対馬海流は、日本海沿岸の気候を温暖にしました。海面からの蒸発は冬の季節風で大量の積雪をもたらします。豊かな森林が育ち、縄文時代の人々の恵みとなりました。海水は沈み込み、活発な熱塩循環によって、低温で酸素に富む日本海固有水が深層から底層へと拡がっていったのです。
著者は1977年から海洋調査船で、さまざまな深さの海水を採取して、溶存酸素を測定し分析しています。ところがその底層酸素濃度が近年減り続けていることを発見して愕然としました。2010年には207μモル/kgで、この33年間に10%も減少していたのです。日本海の熱塩循環に異変が起きていました。詳細に分析すると、最近の極寒だった2000年だけがやや回復していたので、酸素濃度減少は気候温暖化が原因とみられるのです。海水の酸性化も進行しています。この21年間に表層水でphが0,06~0,07、底層水でも0,03~0,04低下しました。底層水のデータは世界初で、ミニ海洋での確認は、世界への警告なのです。
日本列島の母なる日本海は絶妙の大きさで、日本は大陸から遠からず近からず、まことに不思議な位置にあります。大陸国家の侵略もなく、高度な文物や技術を持った渡来人も到来して、縄文人とともに独自の文化を形成しました。冬を除けば穏やかな日本海、この豊かな自然に起きた異変は、これからの地球環境変化を敏感に先取りしているのです。「了」

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