図解「燃料電池自動車のメカニズム」 川辺謙一著 2016年3月27日  吉澤有介

著者は、1970年生まれ、東北大学大学院で電気化学を専攻した交通技術ライターです。これまでも、ブルーバックスに地下鉄や新幹線などの最新技術を一般向けに解説、紹介してきました。本書では、今話題の2014年に発売されたトヨタの燃料電池自動車「ミライ」を試乗して、その構造、機能、走行性能などを、わかりやすく紹介しています。
「ミライ」が燃料電池自動車であることは、見た目だけではほとんどわかりません。ガソリン自動車や電気自動車と走りの仕組みは同じですが、燃料電池を搭載している点が異なっています。燃料電池は発電装置の一種で、水素と空気中の酸素を反応させて発電し、水だけを排出するので、一般の自動車にあるマフラーや排気口がありません。燃料電池の仕組みは、すでに皆さんよくご存知でしょうから、早速試乗してみることにしましょう。
運転席も運転操作もAT車と同じです。起動は全く静かで、ブレーキを離すとゆっくりと動き出しますが、これはAT車のクリープ現象に似せてあるのです。ここでアクセルを軽く踏むと、驚くほど瞬時に応答して加速が始まります。さらに踏み込むと、滑走路で離陸直前の航空機のような感覚で、あっという間に100km/hに達しますが、あまりにも静かなので実感が湧きません。高速走行中のアクセルペダルの応答も俊敏でした。応答性の良いのはモーター駆動の特徴です。特にカーブではコーナリングがまるで滑らかで安定しています。そのわけは、一般のガソリン自動車(FF車)にある重いエンジンがなく、理想に近い重量バランスが実現できたことにありました。燃料電池は運転席や助手席の下に、高圧水素タンクと駆動用バッテリーは車の後方にあります。
この駆動用バッテリーがあることで、「ミライ」は、ハイブリッド車になっています。減速するときに車の運動エネルギーを回収して駆動用バッテリーに充電する、回生ブレーキとしてエネルギー効率を高めています。トヨタはこの得意のハイブリッド技術によるパワーユニットを流用することで、大幅なコストダウンを実現することができたのです。
しかし燃料電池はやはり高価です。構造が特殊で生産技術が難しい上に、白金触媒、固体高分子膜、セパレータのコストが大きい。永久磁石型同期モーターも、ネオジム磁石が問題なのです。そのため「ミライ」の生産は、700台/年程度で苦労しているようです。
燃費の面では、燃料の高圧水素の国内価格は1000~1100円/kg(税別)で、「ミライ」は最大5kgを約3分で充填します。これで約650kmを走行できるので、燃費はガソリン車とほぼ同レベルとみてよいでしょう。ここで水素ステーションの整備が課題になるのです。
その水素ステーションにも、700気圧に圧縮貯蔵して供給するオフサイト型と、水素製造設備を持つオンサイト型があり、後者では天然ガスなどにバイオ系の燃料も検討されています。安全性には細心の注意が払われており、「ミライ」のタンクは3層構造のプラスチックです。衝突などでもし漏れても、水素は拡散が早いので引火爆発は起こり難いそうです。
本書では、電気自動車とも比較しながら、将来のクルマ社会を展望しています。「了」

カテゴリー: 科学技術 パーマリンク