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バイオマスエネルギーを推進するK-BETSの活動ファイル

K-BETS活動ファイル

2017/11/23 木曜日

古の戦闘機燃料と現在のバイオジェット燃料 2017.11.20 廣谷 精

カテゴリー: バイオマスの燃料利用,技術者の主張と提言   by k-bets 編集長 @ 21:13:43

皆様は戦争の時の話は聞きたくないと思います。又老人も話ししたくなく、若者は知らない状況にあります。その当時幼少であった者として話をして置かなければと思う事もあり、バイオジェット燃料に関係する事でもあり話しておく事にします。
私は当時7歳。東京世田谷に住んでいたが、昭和20年3月11日の東京大空襲の夜は防空壕に入っていた。そっと覗いた空は真っ赤に染まっている状態であった。それが頭に残っている。亡くなった人は10万人であったと聞く。広島、長崎は「原爆反対」で取り上げられるがそれ相当の被害を受けていた。「君の名は」はその時に起こった場面を想定している「ドラマ」のようだ。
B29に対する対策は何をしていたのだろうか。高射砲は1万mは届かなかった様でB29はその上を飛んでいたようだ。そこで登場したのが零戦であり、それでも零戦はなかなかB29に追いつかなかったようで、やっと追いついても煽られて馬乗りになり、有名な中野伍長の「馬乗り体当たり」となったようだ。中野伍長の講演を聞いた事が有ったが、日本は石油も無く、ガソリンも無く、零戦では「ひまし油」、「松やに」、それに何か少しの化学品を混ぜて飛んでいたようだ。それでは追いつけないという事でした。これは聞いた話だ。
化学品とは何か。イソオクタンの事のようだ。それは戦時中K社が造っていた。K社は軍事工場であり、大量の糖密を持っており、それでブタノールを造り、縮合してイソオクタンを造っていた。社長である加藤弁三郎が開発した技術である。それはエンジンのアンチノク剤として知られていた物である。恐らく戦争中であるから、いちいちイソオクタンを造らなくてもブタノールを直接使う事もあったのだろう。
さてバイオジェット燃料であるが2020年まで日本は58万kl造る必要がある。日本が太陽光藻池システムに拘っているがそのためには2万haの池を造らなければいけない。2020年までに出来るのは精々200klが限界と思っている。又出来なければ外国から購入しなければ東京オリンピックは難しくなる。
ジェット燃料は最適なのはC14であると言われている。ATJ燃料(Alcohol-to-Jet)というのが有りジェット燃料として充分使えるようだ。ブタノールが主流であり、種々の反応原料として使われている様だ。ジェット燃料としてはC4~16が可能の様で、勿論ブタノールは十分使える様だ。オクタンは℃8で丁度いい位置にある感じがする。戦争で負けた日本は昔を忘れ、学者も企業も見直しする事もなく過去を捨てているが、戦争に勝った米国は、過去を研究し、生かしている事が分って来る。
Cobalt Technologies(米国)は非食料バイオマスを使い、多分酵素を使い糖に分解しているのと思うがノルマルブタノールを造りジェット燃料にし、又プラスチックを造っている。100kl発酵槽で成功したと言っているが、K社は戦争中(73年前)400kl発酵槽でノルマルブタノールを造っていた。成功するのは当たり前と思う。
Gevo  Inc(米国)は種々のバイオを使ってイソブタノールを造っている(5000kl)。ノルマルブタノールとイソブタノールはジェット燃料として何が違うのか分らないが、燃料であるから同じように使えるのであろう。工程としては先ず発酵工程が有るが次は分離脱水工程、その次に水素化をしてジェット燃料として使用する。現在は米国海軍と連携している。
時にバイオジェット燃料は日本は58万klは必要である事は明白である。しかし日本は太陽光藻池システムに特化しており、それでは僅かな量しかできない。米国の様に種々なシステムに挑戦し、戦争中の時の様に、たとえばブタノールを試みて見ようと言う学者、企業が出て来ないのは哀しい話だ。
以上