「海藻の歴史」カオリ・オコナー著 2018年3月22日 吉澤有介

龍和子訳 原書房出版(2018年1月刊)
著者は、ユニバーシテイ・カレッジ・ロンドンの文化人類学上席研究員で、食物やファッションなどを研究し、とくに食物史の分野で大きな業績を挙げています。
海藻は、私たち日本人にはあまりにも身近な存在ですが、欧米人はこれまであまり関心を持ってきませんでした。しかし今はスーパーフードとして、世界中から注目されています。本書ではその歴史を丹念にたどりながら、将来への展望を探っています。

海藻とは、海に生息する藻類で、地球上のあらゆる海で見られますが、まだ解明されていない多くの謎があります。植物でも動物でもなく、栄養分は、その表面で海水から直接吸収します。紅藻(約7000種)、褐藻(約2000種)、緑藻(約1000種)の3つに分類され、その多くが食用とされてきましたが地域差が大きくて、現代では日本がそのトップにあり、海藻名の多くは日本語で呼ばれています。しかしその世界の歴史はあまり知られていません。

初期の人類は、野や山を越えて移動し、狩猟採集生活をしていたと長く考えられてきました。ベーリング陸橋からアメリカ大陸に渡った人々も、内陸部を通過したとされてきたのです。ところが、1970年代にチリ南部の海岸に近いモンテ・ヴェルデの古代住居の遺跡で、数種類の海藻が大量に発見され、南アメリカの初期の人類が沿岸部の豊かな海藻や貝類を採りながら移動したことがわかりました。そこで世界の考古学者は、あらためて日本の縄文人とその文化に注目し、海藻がヒトの基本的な食糧の一つであったことを確認したのです。

古代地中海文明においても、海藻は叙事詩や絵画に登場していました。しかしギリシャ人やローマ人にとっては、海藻は海がもたらす脅威の象徴でした。神々は嵐を起こして船を難破させ、水夫を海に引きずり込みました。彼らは海藻に絡まれて溺死したのです。海辺に打ち上げられた海藻にさえも、人々は恐れおののきました。一部に海藻の薬効についての記述はありましたが、海藻は食べるモノではないと見下ろされ、その風潮は長く残りました。

アラブ人は海藻を医療に活用しました。またギリシャ海軍がアラブ船に火をかけて攻め込んだときに、褐藻から抽出したアルギン酸を船に塗って火を防いだという伝説があります。アルギン酸は今日でも、消防士の防火服にコーテングされています。その後ヨーロッパでは、海藻の美容健康療法が流行し、フランスやイギリスのスパで好まれました。海藻を使った現代の美容産業へと続いています。またアイルランド、イングランドや北欧には、海藻料理の伝統が細々とありましたが、一般の西欧人は海藻を食べていなかったのです。

著者はそこで日本の海藻文化を、ずいぶん力を入れて詳細に取り上げ、最近のスシと和食の世界的ブームを高く評価しています。なおノリの養殖には英国の藻類学者であるベイカー博士が、大きく貢献したそうです。また中国では、海藻を古くから薬として利用してきました。食用としたのはごく最近のことですが、養殖大国への劇的進化を遂げつつあります。

現代社会では、海藻は食用だけではありません。とくにフイココロイドが注目され、またバイオ燃料の開発も進んでいます。海からの贈り物への感謝が込められていました。「了」

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