「コケの謎」盛口 満著 2019年7月14日 吉澤有介

- ゲッチョ先生、コケを食う - どうぶつ社2008年7月刊
ゲッチョ先生としておなじみの著者は、千葉大学理学部生物学科を卒業、埼玉県飯能市にある自由の森学園中・高校教諭を経て、現在は沖縄大学人文学部準教授です。生きものについての多くの著書があり、そのいくつかをすでにご紹介しました。今回は「コケ病」に嵌まった著者の、その「初期症状」から「慢性化」までの一部始終の物語です。
コケは何とも不思議な生物です。私も以前から、奥秩父や北八ヶ岳などでコケの美しさに魅せられて、その生態をすこしでも齧ってみたいと思っていましたが、なかなか手が出せませんでした。それがこの本に出会って、ようやく念願がかなった思いがしました。なるほど、生きもの屋はこんなふうにプロになってゆくのかがよくわかったのです。
著者は生きものは何でも、とくにホネやドングリや虫に強い。しかしコケだけは少し遠い世界だったそうです。コケには「コケ屋」がいました。友人のキムラさんという凄いプロの手引きで、どんどん「コケ病」に深入りしてゆく経過が実に愉快でした。
コケは日本に約1600種いるそうです。生物界を大きく、動物、植物、菌、原生生物、モネラ(バクテリアの仲間)に分けると、「コケ」は植物に入ります。同じような姿をした「藻」は原生生物というからややこしい。またコケという名前の多い地衣類は、藻類と菌類の合体生物なのです。コケはまたシダとも違います。コケは「蘚苔類」として、より原始的な植物でした。水を吸い上げる根がない。水や栄養素を運ぶ維管束がない。水分の蒸発を防ぐクチクラ層が発達していません。「コケは植物の両生類」なのです。進化という見方からすると、藻段階、コケ段階、シダ段階、種子植物段階となるのです。
著者はキムラさんの案内で各地のコケを見て回りました。まずは京都です。苔寺ではホソバオキナゴケが主役で、ユミゴケ、オオスギゴケ、ヒノキゴケなど130種以上もいました。中でも目立つギンゴケは葉先の白いのが特徴で、南極の昭和基地周辺にも生えているというから驚きです。またゼニゴケは誰でも知っていますが、実は葉の形が例外的な異端児なのだそうです。その仲間のヤワラゼニゴケは、人間の立小便跡に生える変わり者で、いまや絶滅危惧種になっています。ある条件を求めて放浪するタイプだったのです。
ゼニゴケだけ見てもその生態は興味深いものでした。葉に見えるものは配偶体で雄株と雌株があり、雌株はパラソルのように伸びて精子を受け取ります。受け損ねても無性芽で増えるというしたたかさで、全国に群落をつくり、その仲間だけでも39種が報告されています。何でも体験してみるという著者は、一口食べてみましたが超まずさに驚きました。食害への防御戦略なのです。そのゼニゴケが、沖縄だけいないというのも大きな謎でした。
都会にも沢山のコケがいます。アーバン・モスと呼びますが、ギンゴケやゼニゴケなど多くは人間によって持ち込まれたようです。コケの名前はカタカナではまるで暗号です。そこでコケ屋の仲間では和名でなく、学名で呼び合うのだそうです。凄い人たちでした。
著者の地元の沖縄や奄美大島では、熱帯性コケが平地よりも山頂付近に多い。森林の湿気の流れを読んでいるのです。コケを見ることは、森を知ることに通じていました。「了」

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