森が消えれば海も死ぬ松永勝彦著 講談社ブルーバックス

著者は30年以上にわたり森林が河川、海、沿岸海域の生物に及ぼす影
響を追究し、人間と自然との共生をめざした取り組みを続けている。

1993年の第1版で、森林が果たしている重要な役割を明らかにしたがそ
の反響は大きく、漁民たちによる植林活動が活発化し、各地に多くの具
体的な成果をもたらした。
すでにK-BETS福島巌さんから紹介された「鉄が地球温暖化を防ぐ」とい
う気仙沼漁師の畠山重篤氏の報告もその一つである。
本書ではその後の情況も含めてさらに詳しく紹介している。
近年の気候変動は激しさを増し、世界の農業生産が不安定化しているの
で、魚介類の重要性は今後ますます高まってくることであろう。
しかし海さえあれば魚がとれるわけではない。
いま日本の沿岸海域では多くの問題をかかえている。
沿岸は1000kmにわたって海藻も育たない不毛の砂漠になってしまった。
これは魚介類も生育できないことを意味している。
その原因としてこれまでウニが海藻の芽を食べるからとされてきたため、
有効な対策を全く打てなかった。
しかし著者は森が伐採され、残った人工林も適切な管理がなされなかった
ことに加えて、ダムの建設で河川からの豊かな腐植土が海に届かなくなっ
たのが原因であることを解明した。
腐植土がないと土砂が直接海に流入して低層の生物を死滅させ、またコン
ブなどの海藻の生育を止め胞子の着床も妨げる。
栄養塩は失われ、産卵場所のなくなった魚たちはもう戻ってはこない。
海藻が枯死すると石灰藻が岩や岩盤を覆い尽くして、白い砂漠のような全
くの死の世界になってしまう。
これがいわゆる磯焼けで、いま全国に拡大しつつある。
マングローブを伐採した地域で、サンゴが白化して死滅したのも同じ現象
である。森を忘れたせいなのだ。
また海洋の生物には鉄分が必須であることがわかった。
1980年代に米国のマーチン博士が衝撃的な論文を発表したのである。
当時微量鉄分の測定法を開発していた著者は、いち早くこの実験に取り組
み、大きな成果をあげた。
鉄分は森林の腐植土中でフルボ酸やフミン酸と強く結ばれ、鉄イオンとな
って生物の細胞に取り込まれる。
その鉄イオンの働きで光合成プランクトンが増殖するのだ。
コンブもまた鉄イオンで増殖することが確かめられた。
この鉄の供給は森林だけでなく、水田や湿地も大きく寄与しているという。
対策の方向は明らかになった。
この魚付き林などの自然豊かな河川を取り戻す漁民たちの活動は大きな
広がりに発展している。
襟裳岬の例では、明治以来の森林伐採でコンブや海藻は壊滅し、漁獲高
はゼロになっていた。
1954年から緑化に着手して現在約95%まで森林が回復したが、その森林
面積と漁獲高の伸びは見事に一致している。
しかもその海の資源は四季を通じて収穫され、年間の地域の安定雇用を
実現した。
全国にわたる200カイリの沿岸海洋資源の再生を急がなければならない。
森林は天然のダムであり、防災効果をあげながら川や海に栄養素を供給
し、鉄イオンによって植物プランクトンや海藻類を育てているのだ著者
の提言はまことに貴重である「了」       要約   吉澤有介

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