「奇妙な菌類」白水 貴著2016年8月20日 吉澤有介

— ミクロ世界の生存戦略 —
菌類は、植物よりも私たち人類などの動物に近い生きものです。植物と違って自力で養分をつくり出すことができません。私たちと同じく、栄養を他の生きものに頼って生きているのです。微小な菌類は、自然界で生きてゆくために、多種多様な生存戦略を生み出してきました。そのお蔭で私たちの日々の暮らしがあるのです。キノコやカビの菌糸、それに酵母などはおなじみでしょう。しかしその実態は、いまだに大きな謎に満ちています。
菌類の祖先は、他の動植物と同じく水中で生活する単細胞生物でした。それが長い生物進化史を経て陸上に進出したのです。自然界に菌類が登場したことは、地球史における大きな転換点でした。植物の祖先が、岩石と砂や粘土しかなかった地上の苛酷な環境に進出したとき、その根に共生して一緒に上陸したのでしょう。4億年前のデボン紀の植物の化石から菌根菌が見つかっています。またある仮説によると、菌類はまず地衣類としてその有機酸で岩石の風化を促進させ、土壌を形成して植物の生長を助けました。さらにリグニンを分解できる特殊な能力で倒木や枝葉を分解し、動物遺体を分解して現在の陸上生態系をつくったのです。菌類は、分解、寄生、共生という多様な生き方をしてきました。
異色の共生戦略にキクイムシに胞子を運ばせて、幼虫のエサにしている例があります。養菌性キクイムシで、その仲間のカシノナガキクイムシは、ナラの病原菌も運んでナラを弱らせ、巣穴を掘りやすくしていました。集団ナラ枯れで大きな被害を起こしています。
菌を育ててエサにしている昆虫は少なくありません。南米などにいるハキリアリは、植物の葉を切り取って巣に運びこみ、そこにキノコの菌糸を育て、栄養価の高いエサにしています。菌はアリに、安定した生息場所と養分をもらう、相利共生関係を得ているのです。
キノコ栽培は、アリやシロアリが得意です。5千万年前からといいますから、人類の農耕の歴史よりはるかに古い。さらに菌類を使って獲物を誘う、狩りをするアリまでいました。
また植物病原菌のサビ菌は、ヤマハタザオ科の草に寄生して、キンポウゲそっくりのニセモノの黄色の花を形成し、蜜まで出して昆虫を誘い、自分の精子を運ばせています。昆虫に寄生する菌類もいて、冬虫夏草は宿主を殺さず穏便に生長します。その寄生は宿主の交尾の際に胞子を付着感染させていました。エイズにも似た巧みな繁殖戦略は驚きです。
ところで現存する世界最大の生物をご存知でしょうか。動物ではシロナガスクジラ、植物ではジャイアント・セコイヤでしょう。しかし菌類は彼らをはるかに超えていました。ナラタケの仲間のミシガン州の調査で、同一の菌糸体が15万km2に広がり、重さは推定10トン、年齢は1500歳とのこと。その後さらに巨大な菌糸体も発見されているそうです。複数の植物固体にまたがる菌根菌には、食害・感染などの情報を伝える機能もありました。
菌類には特殊な好みがあります。南米ではプラスチックを分解する菌が発見されました。スギ花粉を抑制する菌、さらに農作物の病気や害虫を防除する菌もあって、微生物農業は大きな可能性を秘めています。一般の生物世界では「弱肉強食」が掟ですが、菌根共生の戦略には、お互いの利益を計算する「市場原理」の存在が確認されているそうです。「了」

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