「となりの地衣類」盛口 満著 2018年10月1日 吉澤有介

地味で身近なふしぎの菌類ウオッチング  八坂書房2017年11月刊
著者はお馴染みのゲッチョ先生です。沖縄の大学の理科の教員ですが、もともとはガチガチの生き物屋です。9,11の原発事故で、放射性物質による汚染が大きな問題になりました。その汚染を地衣類が吸収していることから、あらためて地衣類の存在に注目した著者は、すっかりはまってしまいました。地衣類とは、菌類と藻類が共生関係を結んでいる不思議な生き物で、分類学でもすっきりした説明ができていないようなのです。著者は、その地衣類の実態を独特の切り口で、次々に明らかにしてゆきました。スケッチも見事です。
地衣類は実に多様ですが、その生活型でみると三つのタイプに分かれます。
1. 平面的で、木の幹や石に模様のように張り付いているもの
2.立体的で木の枝のように分岐しているもの
3.平面的~立体的で、葉っぱのように見えるもの
それぞれに難しい漢字の名前がついていますが、ワードに出てこないので省略しました。
また地衣類はコケとは、はっきりと違います。コケはもともと木毛と書きました。木の幹に生える毛のような生きものを、すべてコケと呼んだのです。しかし博物学が導入されると、蘚苔類だけをコケと定義しました。蘚苔類は、海で生まれた初期の生命が、シアノバクテリアを取り込んで多細胞の海藻という植物に進化し、そのなかで最初に上陸した植物の仲間です。十分に陸上生活に適応した体になっていないままの生きものでした。根もなければ維管束もなくて、葉緑体を持つので葉はあります。一方、地衣類は藻類と共生関係を持った菌類です。菌糸が集まって細胞をつくっているので、葉がないところが蘚苔類と違います。光合成する藻類に依存するので、地表の明るい木の肌や、岩の上に棲むようになりました。
地衣類は、食用としては消化しにくい上に栄養価も低い。トナカイの好物ですが、一般には薬用にした記録があるくらいです。日本で珍重されるイワタケは例外でした。ただ意外なことに染料に利用されることがあります。リトマス試験紙は、リトマスゴケという地中海沿岸の地衣類が元になった色素でした。それでは、いよいよ地衣類の観察に出かけましょう。
地衣類は、今のところ世界で13500~17000種あるといわれます。そんな地衣類にも凄い専門家がいました。秋田県立大学のヤマモト先生で、地衣類ネットワークで、各地で観察会を開催されていました。著者も参加すると十数人のオタクが集まっています。ほとんどが常連でした。気が付けば、地衣類はいつでもどこにでも、私たちの隣にいたのです。道沿いの木の幹や石垣、とくに墓石は地衣類の宝庫でした。メンバーはルーペを持って忙しい。一般的なウメノキゴケや、ツブダイダイゴケ、モジゴケ、クチナワゴケなどなど、とにかく多彩です。黄色のロウソクゴケも目立ちます。神社の屋根などにいたホンモンジゴケは、高濃度の銅イオンに耐性がありました。観察会は全国を回りますが、場所はどこでもよいのです。季節も問いません。公園、住宅地、神社やお寺、いつでも地衣、どこでも地衣でした。
ルーペさえあれば、新しい世界が開けます。光合成する生き物は、上陸に成功して地表を緑で覆いました。そこに地衣類は、地味ながら確かな意志で、逞しく生きていたのです。「了」

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