燃料電池自動車(FCV)の発売と特許公開についての討論

 ― 水素取扱いの安全面についても十分な配慮を要望 -
トヨタの燃料電池車発売をきっかけに関連ニュースが流れK-BETSの技術情報会議で何回か新聞情報に基づいて検討が行われてきました。
その後、水素の安全性について懸念する意見が出て以下のようなメールのやり取りが行われました。水素の取り扱いやその安全性については充分検討され対策が講じられているように見受けられます。
しかし原子力発電所で大規模な爆発が発生したようにどのような状況で何が起きるかの予測は完全にはできません。長いトンネル内で何らかの理由で水素ガスのリークが発生したら大事故を誘起します。
原発の安全神話のようにしないで外野席から色々なケースを想定して対策を考えてもらうことが重要だと考えます。

A: トヨタ自動車、燃料電池関連の特許実施権を無償で提供(2015年01月06日)
-燃料電池自動車導入期において普及に貢献するため、世界で約5,680件の特許を対象
-トヨタは、燃料電池自動車(FCV)の普及に向けた取り組みの一環として、トヨタが単独で保有している世界で約5,680件の燃料電池関連の特許の実施権を無償で提供する、と発表した。
この対応は、FCV導入初期段階においては普及を優先し、開発・市場導入を進める自動車メーカーや水素ステーション整備を進めるエネルギー会社などと協調した取り組みが重要であるとの考えに基づくものである。
特許実施権無償提供の具体的な内容としては、燃料電池スタック(約1,970件)・高圧水素タンク(約290件)・燃料電池システム制御(約3,350件)といった、FCVの開発・生産の根幹となる燃料電池システム関連の特許に関しては、これらの特許を実施してFCVの製造・販売を行う場合、市場導入初期(2020年末までを想定)の特許実施権を無償とする。
また、水素供給・製造といった水素ステーション関連の特許(約70件)に関しては、水素ステーションの早期普及に貢献するため、水素ステーションの設置・運営を行う場合の特許実施権を、期間を限定することなく無償とする。
これらの特許実施に際しては、特許実施権の提供を受ける場合の通常の手続きと同様に、トヨタにお申し込みをいただき、具体的な実施条件などについて個別協議の上で契約書を締結させていただく予定である。
トヨタは従来より、知的財産(特許)の取り扱いについては、オープンポリシーを基本とし、第三者からの実施の申し込みに対しては、適切な実施料により特許実施権を提供している。

B: 東芝の戦略もトヨタにつながっているのではないか
トヨタの戦略が見えてくる。個人的な意見ですが東芝の戦略とトヨタの戦略が繋がるような気がします。情報化を駆使すれば大きな貯蔵施設や移動手段を使わずに日本全国の家庭や企業から分散型貯蔵発電施設として使用出来る。日本全国水素貯蔵施設により余った水素で発電し送電ケーブルを通して輸送コストなしで瞬時に世界販売できる。
緊急時などは日本の電力会社を当てにしない社会インフラを可能と考えているのでは?
日本の電力会社が再生エネルギーを買い取りしなくても世界に売れることも考えているのでは?
インターネットの普及は、どんな小さな回線も使用し世界中に送る事ができるからこそ普及したのでは?
回線を送電網と考えると不可能ではないのでは?
水素を運ぶのでは無く電力を運ぶ(送電)のでは?
インターネットの社会ではオープンOSやオープンデーターは大きなビジネスを生み出しています。
オープン特許(水素自動車)もその一環かも知れませんか?

C:水素の危険性を懸念する
水素エネルギーの実用化に向けた各社の動きが活発になっている様です。マスメディアは、「派手な話題に紙面を多く割く」傾向が強いので、水素エネルギーの実用化では自動車が先行するイメージばかりが浸透します。昨日の例会におきまして、この傾向に否定的意見を申し上げましたが、時間もなく、中途半端にならざるを得ませんでしたので、誤解のない様に、コメントを追加させていただきます。
水素エネルギーは、利用が有益であることは、まったく賛同しますが、同時に、危険性が伴い、技術的な扱いも難易度が高いと、認識すべきです。閉鎖された空間に水素がもれ出すと、一定の条件では爆発性が高まる。(福島原発事故で、いやと言うほど、見せつけられました。)自動車は、必ず、閉鎖された空間での使用も考慮される個人の所有物で、万が一の事故のリスクは高いのが常識です。
トヨタ自動車の戦略は、その様なリスクを分散して、社会的な認知を得るために、一社の保有技術にするデメリットを薄める目的で、特許無償公開で他社との協働による普及策を講じたものだと推察します。自動車に水素エネルギーが向いている理由はほとんどありませんが、日野自動車(トヨタの系列企業)のバスに、水素エネルギー利用で、社会的に認知を広める動きが、先行すると思います。
ドイツではダイムラーベンツが、1990年代~燃料電池バスの研究開発を進め、各地で、実験運用をしていました。バッテリー搭載の電気バスよりも、エネルギー利用効率が良いメリットで、普及に対する社会の理解が得られやすい。と見たのでしょう。
その一方で、小規模の設備で数多く分散して利用するには、危険性を予防する必要が増大するので、必要性が高い場合を除いて、議論を尽くす必要性がある。
単なる話題つくりや、流行的な風潮で実施する企業が増えることが、今後の大きな懸念になります。

D:必ず技術的ブレイクスルーがあって前進するはず
トヨタの戦略が見えてくる。水素エネルギーの実用化に向けて。水素の取扱いの困難さは誰もが認識しているところだと思います。
トヨタが他社に特許を公開して燃料電池車に参加する企業が増えたところで、その困難さ(爆発の危険性も含め)が変わることはありませんよね。
そうするとトヨタにしろ東芝にしろ何らかの技術的ブレイクスルーがあると思ってもよさそうです。それがどのようなものか調査研究して教えてくれませんか。

E:水素ガス取扱いについては世間にもっと公表すべきである。
貴重な議論なのでつい私も加わりたくなりました。
(1)Cさんのメールはトヨタの企業体質を見事に伝えた小論文です。これは業界では30年以上前から言われていることで、私は自動車技術会の疲労信頼性委員会に鉄鋼側の委員の一人として参加して実感しています。事例を上げれば枚挙にいとまがありませんが、時間が無いのでやめます。
(2)DさんのIT側に立ったご意見ももっともです。技術史の立場からすると、人類は危険なものに手を出して成長してきました。火に手を出し、電気に手を出し、磁気に惹かれ、原子に手を突っ込み、水素に到達しました。まだまだ未知の危険な方向を目指すでしょう。
(3)将来、国と言う概念が無くなり、企業が世界を支配するという人がいます。企業がグローバル化し(巨大化し)、国と国がいがみ合っていてどうにも動きが取れないのが現在の世界の情勢です。宗教問題は状況をさらに複雑にしています。おそらくトヨタはそこまで見通して戦略を立てていると考えられます。
ですがトヨタはそれをひた隠しにします。
(4)現在の商品の説明文の書き方に従えば、「この水素ガスは扱い方を間違えると大爆発します」「ごう爆速度は極めて速いです」「爆発限界は空気に対して4~75%です。」「引火の危険性はガソリンの比ではありません」などと書く必要があります。
原子力発電でも「ひとたび事故が起きると30万年以上も人が住めなくなります」などと危険表示すべきであるのです。

C:千代田化工建設発表の水素エネルギーの輸送技術はすばらしかった
水素エネルギーの利用の価値は、充分に理解して考え方を皆さまに提示しています。技術史の立場からすると、人類は危険なものに手を出して成長してきました。
この基本的な姿勢につきましては、多くの方が一致していると思います。
その上で、技術開発には多くの負の側面も考慮して、社会に提供すべきです。この議論に入る前に、情報の追加をさせていただきます。
1月14日の夜11時からのテレビ東京、WBSの番組放送のなかで、「千代田加工建設」が、開発した「水素エネルギーの輸送技術」の紹介がありました。この内容は、昨年に技術情報検討会で、Yさんから紹介された技術、そのモノの、実用化事例だと理解しています。水素を液体化して、タンカーで輸送可能とし、利用先の現場で触媒によって、気体に戻して、エネルギー利用する。当時の説明では、この触媒による気体化の段階が「新技術の領域」で、耐久性、安全性を含めた「採算性のブレークスルー」が課題とのことでした。実用化の目途が出てきたコトは、日本にとって、大きな朗報だと思います。
・オーストラリア大陸に眠っている「褐炭を採掘し、現地で、水素化する」
・排出された「CO2は、大陸内の安定地層にCCS技術で固定」する。
・「水素を液体化して、タンカー輸送、日本に陸揚げ後、液体で保管、輸送」
・「液体化水素を利用現場で、触媒で気体の水素して、利用する。」
・「利用現場では、液体化の物質を回収して、オーストラリアに戻し、再利用」
これは、水素エネルギーの供給策の大きな革命だと思います。私は、この様な技術的な挑戦課題が、成功することを願っています。
危険なものに手を出さないのではなく、徹底的にこだわって、実用化にこぎ着けることが、先進技術者の重要な使命であると考えています。この様な立場でじっくりと考えますと、利用方策に【自動車を優先する意義が全く見えない。】と言うのが私の判断です。

F:安全性に関してトヨタも充分検討している
会の中で燃料電池自動車を初めて取りあげた者として意見を言う必要があると思う。
褐炭を水素化する。そしてそれを液化し、タンカーで運ぶ。それは大企業だから安心で大丈夫であるとWさんは書かれている。
「しかし自動車を優先する意義が全く見えない」と言うのは理解できない。
日本はエネルギーが不足しているのはご承知の通りである。日本には色々な部門に使おうとしているのは明白な事だと思う。東京オリンピック村のボイラーに使おうとしてる。水素のエネルギーの講演会が東工大であった。
講演会の主役はトヨタですが、私はCさんに聴いてもらいたいと思いました。そして安全に対して質問をして貰いたいと思いました。当然に安全の問題を質問した人がおり、トヨタは数万回、叩いたりしてテストをしたと話をしてくれました。それだけやったのであれば衝突しても、トンネルが落ちても安全は大丈夫であると私は思いました。
昔水素は危険であるから実験をするなー化学反応に使うなー化学設備に使うなと言う時代がありました。レッペが出てきて、何故事故になるのか研究したのは60-70年前の事だと思います。
それ以来水素による化学設備での事故が起こっていないと聞いています。つまり水素の安全はレッペが化学技術者のものにしたという事ですが、今回はトヨタが大衆のものにしたという事だと思います。
完全に安全という事はあり得ない。外国に行く時に航空機に乗るでしょうー今でも事故がある。車でも恐らく水素自動車も完全に安全であるとは有り得ない。
今年車の米国展示会が有ると聞いています。トヨタ、ホンダが燃料電池車を出す。米国社、ドイツ社、日産が電気自動車を出す。水素と電気の争いとなる。
米国大衆、マスコミはどのように評価するか楽しみです。又炭酸ガスの問題に対して日本はどの様に評価するかも関心があります。

C:世界の自動車メーカーの動きも複雑である
水素エネルギーの活用と技術手段の課題は、1990年代に「自動車の元祖」ダイムラーベンツが、燃料電池乗用車を社会に公表した時期から活発になりました。ベンツの技術者と経営者は、100年前に自動車を発明した企業として、今後の100年に通用する「自動車の革新」に取り組む、と豪語していました。私も、自動車関連の技術ヤとして、この情報には、大きな驚愕をもって、ベンツのシンポジウムに参加したり、実験車の見学をした経緯があります。日本の各社は、即座に【燃料電池自動車の研究チーム】を発足させて、かなりの研究者を投入して、あらゆる研究課題を克服するコトに邁進しました。その集積が、今回のトヨタの特許の一部であり、この特許無償公開が、社会にはインパクトを与えたのも事実です。
私は、『水素エネルギーの安全な実用化』には、大きな期待と可能性を肯定する立場であることを、重ねて説明しておきます。しかし、自動車に利用するには、大きなハードルが横たわっていることも、真摯に見ておく必要がある、と強調しておきたい。表面的な話題性や、効用の側面ばかりを見ないで、負の側面、ヒトの英知が及ばない領域もあるコトを、可能な限り議論を尽くす必要があると思います。
ここで、2015年時点の現状を、もう一度、概観しておきたい。私の狭い範囲での情報収集ですので、漏れや、誤りがあるかもしれませんが、把握できた範囲での要点を下記に記しておきます。
・ベンツの当初の水素搭載乗用車とは別に、メタノール搭載の燃料電池車を1990年代半ばに、技術発表した。これは、水素の大量搭載の懸念を和らげる技術方式で、メタノールを水素と炭酸ガスに分離し、水素で発電する方式です。しかし、これでは、炭酸ガスを排出するので、ベンツとしては、妥協の産物。
数年後には、この方式を改良することも諦めて、燃料電池車の技術広報は、一切しなくなった。
・その一方で、水素搭載の燃料電池バスは、継続研究して、各地での実験を継続している。しかし、社会への公表はしなくなった。
・2015年のアメリカのモーターショーでは、次世代の自動車の本命は、プラグインハイブリッド車[PHEV]であると、ベンツは広報している。この方式の新型車は、量産前提で発表されている。20年前に公開した、水素搭載燃料電池乗用車は(全くなかったかの様に)説明は一切、していない模様である。
・アメリカの各社は(GM。フォード。他)、この[PHEV]を本命と見ている様で、対抗する新機種を量産前提で公開している。
・日本のメーカー、トヨタは、「水素搭載燃料電池乗用車」を発売する。同時に、「プラグインハイブリッド乗用車」は、数年前から発売済である。ホンダも数年遅れで、同じ路線を、追従している。
・プラグインハイブリッド車の技術方式は、各社でそれぞれ違いがありますが、基本的には、充電による電池走行とガソリン燃料によるエンジン走行の両方ができるので、長期走行も出来る。短距離走行では、電力のエネルギー換算で、燃費は、ガソリン車の2倍以上。以上が燃料電池乗用車に関連する、現在の基本情報です。

編集長
モーターショーで日本勢がFCV車をアピールしたとか、トヨタの燃料電池車「ミライ」 が1500台受注したとか新聞の話題になっています。政府もオリンピックの選手村を「水素タウン」にする計画だとか、水素スタンドの規制を緩和するとか普及に向けて全面的なバックアップをしている。
しかし安全対策以外に製造・輸送・サービスのコストはかなり高額なものが推定される。叡智を結集して日本発実用車(庶民が買うことのできる)の誕生を期待している。

カテゴリー: 技術者の主張と提言 パーマリンク