英国の建築設計事務所を訪問  2012年3月6日  荒川英敏 

ロンドン便り その8 
         
        イギリスのゼロカーボンハウス設計事務所を訪問
           

3週間前の寒波からイギリスにしては比較的におだやかな日が続いている先週の水曜日229)、イギリスのゼロカーボンハウス設計の第一人者の若手建築家リチャード・ホークス氏(Richard Hawkes)の率いるホークス建築設計事務所( Hawkes Architecture Ltd、ケント州、ステイプルハースト)を訪問しました。  ロンドン西部イーリングの滞在先を朝8時半に車で出発、通勤ラッシュにぶつかり渋滞のノースサーキュラー線(東京で言う環状7号線に相当)に入り、ヒースロー空港方面に向かう高速4号線(M4)から高速25号線(M25と呼ばれているロンドン郊外を一周する全長約200km、片側4車線の世界最大の環状高速道路)にのり一路東へ、出発してから1時間、サービスエリアに立ち寄る。
若い頃はよく目的地まで飲まず食わず一気に走ったものだがと思いながら・・・・・ミルクテイーを飲みながら一休み。
  再びハンドルを握りM25のインター⑤からドーバー海峡方面に通じる国道A21号線に入り30分ほど走行し国道A262号線を入る。A262号線は典型的なイギリスの田舎道で片側一車線の道路はカーブや上り下りが多いが、それでも途中の村の近辺は時速30マイル(48km/h)に制限されている以外は最高時速70マイル(112kmh)で走行できるから驚きで、まるでジェットコースターに乗っている様です。(イギリスは高速道路も一般国道の制限速度も同じ70マイル(112kmh)です。ほどなくしてステイプルハースト郊外の目的地に到着。出発から途中の休憩20分を入れて約2時間のドライブで、走行距離は150kmでした。 
 早速、事務所に入りホークス氏と4人のスタッフと挨拶をして会議用の円卓テーブルに案内され、スタッフの一人が用意したミルクテイを飲みながらホークス氏と談笑、特に日本の震災後の復興や原発事故のその後の状況について、聞かれ関心の高さが伺えました。  いろいろな話の中で、数日前に発生したロンドンのTilburyバイオマス発電所の火災事故に触れ、燃料の木質ペレットをカナダから輸入するのではなく、イギリスにもOak(樫)の良質な木質ペレットが大量に安定供給が出来るのになぜ使わないのかと、納得のいかない様子でした。  さて、本題のゼロカーボンハウスの話に移り、今冬で3冬を迎え、順調に推移している様子をデータで話してくれました。  

      ゼロカーボンハウス ”Crossway ”住宅

lon1.jpg 

まずはこの2年半、Crossway住宅のバイオマスボイラーの運転状況は図1の様になっています。
                 pellet.JPG 

 今冬は昨年より木質ペレットの使用量が25%減っている。これは使い方にも慣れ、より省エネ運転ができるようになったことが貢献していると思うと話していました。  冬季はPV-T(太陽光発電と給湯のハイブリッドシステム)からの温水の供給が出来なくなるので、バイオマスボイラーで給湯需要をまかなっている。また居室には暖房設備はまったく無いが、バイオマスボイラーの設置場所が1階のユテイリテイルームなので本体からの総熱エネルギーの約15%は輻射熱として放熱され、居室全域約330㎡(有効居住域は225㎡)の暖房熱として利用されているとのことでした。

  バイオマスボイラーの主な仕様は次の通りです。
・製造国:オーストリア
・ブランド:RIKA 
・モデル:EVO AQUA
・出力:11kw
・燃料:イギリス、ケント州産木質ペレット(樫)
・熱量配分:85% は給湯用として500ℓの貯湯タンク内のPCM(400ℓ相当)に蓄熱15% は輻射熱として放出され居室の暖房熱となる。  
・据付場所:ユテイリテイルーム
   次にCO2排出量ですが、この2年半で図2の様になっています。 

    図2 積算CO2排出量(木質ペレットを燃すバイオマスボイラーも含む)

 co2emissiona.jpg

 グラフのグリーンの部分は居住を始めてから922日目(2年半)までの積算CO2を表したものです。その値は516kgCO2で、0.55kgCO2/日となり、イギリスの平均的な戸建住宅(140,3寝室)の年間のCO2排出量が平均19.6kgCo2/日に対して97% 削減しており、ほとんどゼロカーボンに近づいている様子をうかがい知ることができます。
     ちなみにイギリスでの主な燃料別のCO2排出量は次の通りです。
    一般電力     0.53kgCO2/kwh
  石油       0.35kgCO2/kwh
  石炭       0.48kgCO2/kwh 
  天然ガス     
0.27kgCO2/kwh 
      
木質ペレット  0.03kgCO2/kwh   本来、木質ペレットはカーボンニュートラルなのでCO2の排出はゼロとみなされるべきですが材料からペレットに加工するのにエネルギーを消費しCO2を排出するのでイギリスの業界ではそれを0.03kgCO2/kwhと見ている様です。 

 次に、Crossway住宅と自家用車のCO2排出量を比較したのが図3です。 
         図3  Crossway住宅と車のCO2排出量の比較 

 co2emissions2a.jpg

グリーンはCrossway住宅、青の部分はホークス氏の多目的車(ランドローバー)、赤の部分は奥様の乗用車(ホンダ アコード)のCO2排出の一部を表しているが、日本製で燃費も良いが、CO2排出はCrossway住宅より11倍の6.4kgCO2/日で、車のCO2排出量がいかに多いかを表しています。しかし、あまりにもCO2の排出量が多いのでデータ取りを止めたそうです。
   次に、前述のPV-T(太陽光発電と給湯のハイブリドシステム)のこの2年半の運転状況を図4の様になっています。
           図4
 PV-T運転状況

crosswaya.jpg

 オレンジの線はグリッドからの買電を、グリーンの線は太陽光発電のグリッドへの売電を、ピンクの破線はグリッドからの平均買電量を表しています。特に冬季は太陽光発電からの電気は期待薄なのでグリッドからの買電に頼らざるをえませんが、しかしこの電力をグリーン電力使用でCO2の排出はゼロとみなされています。  201011月頃から買電量が急激に増えたのは、自宅の一室を設計事務所として3名の建築家を雇ったのでPCその他の電気使用量が急増した事と、クリスマスから新年にかけてパーテイを数回開いたので、調理器具の使用時間が増えたことも一因となっています。 さて、昨年1年間のランニングコストの収支(単位:ポンド)は、次の様になっています。
                 kwh     収入   支出   収支    
グリッドからの買電     
4,861            689    
グリッドへの売電      
2,645       952    
PV-Tからの回収熱(給湯)  10,704        482             
木質ペレット購入費  
    7,186             330    
水道代                          
193             
合計                  
      1,434     1,212     222                                      
                                (26,640
円)
 ランニングコストの収支もプラスサイドで、年間のCO2削減もイギリスの戸建住宅の平均より97% 削減し,限りなくゼロカーボンに近づいており、まずはWell done ですね。
 しかし、住宅サイドでいかにCO2削減に努力しても、生活に必要な車のCO2排出量が多くては、CO2削減のライフスタイルになっていないことになるので、今後車の買い替えの時は、電気自動車(EV)にし、電気自動車のバッテリーの電気の利用も積極的に視野に入れる必要があると話していました。  この他にも現在、数種類のゼロカーボンハウスのプロジェクトを手がけており、主なプロジェクトの概略説明がありました。   地下住宅:なだらかな丘陵地に数メートルの竪穴をほり中庭とし、そこから水平方向に穴をほり居室をつくり、天然の断熱材で年間を通じて室温が一定なゼロカーボンハウス。  教会:ステイプルハーストの街中に木造の教会を建築中。一般的にイギリスの教会は石づくりだが、石切りや運搬、現場での組み上げに膨大なCO2が発生するので、地産地消を原則とした木材を使っている。エネルギーは太陽光発電と温水のハイブリッドタイプで電気と温水を作り出し、バイオマスボイラーを補助熱源として、教会ではめずらしい温水式床暖房でゼロカーボン仕様としている。
  lon2.jpg 

 Hawkes 建築設計事務所のスタッフ左から、Chris Simmons, Richard Hawkes (主宰), James Williams, Tom Corbettで掲げているのは現在取り組んでいる、地下住宅プロジェクト(Underground House)CGです。  ホークス建築設計事務所のゼロカーボン仕様に特化した設計にますますの磨きがかかるのを願っています。                                     
                 了 

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