「人類は絶滅を逃れられるのか」S・ピンカー他 著 2017年7月26 日 吉澤有介 

-知の最前線が解き明かす「明日の世界」―
S・ピンカー、M・グラッドウェル、M・リドレー、A・ド・ボトン著 藤原明子訳 ダイヤモンド社2016年11月刊

これは世界最大の産金会社パリック・ゴールドの創業者であるピーター・ムンクが設立したカナダのムンク財団が、世界の第一線の識者を招いて行った討論会「ムンク・デベート」の記録です。トロントのホールに集った3000人を超える聴衆は、この1時間半に及んだデベートの始めと終わりに賛否を問われ、たいへんな盛り上がりだったそうです。
その論点は、、法秩序と経済発展が崩れつつある現在の世界の混乱が、第2次世界大戦前の50年間にそっくりなこと、また現在の「国家から非国家アクターへのパワー拡散」が進行している状況に対して、「人類の未来は明るいか」という永遠の問いに行き着いたのです。4人の論者が、肯定派と否定派に分かれた論戦の模様を、ざっとご紹介しましょう。

まず否定派です。テクノロジーなど個々の領域における進歩と、人類全体の進歩は分けて考えなければならない。進歩は必ず新たなリスクを生み出します。人類の99.9%の暮らしが良くなったとしても、残りの0.1%によって、恐ろしく惨めな状況に突き落とされかねない。進歩をやみくもに崇拝してはならない。人間の本質は1000年経っても変わりません。人間の欲望には際限がないのです。どんなに金持ちになっても不満はなくならない。データでは人間の幸福は測れません。人間の精神がいかにひねくれているか、これは教育でも役に立たない。高度な知識があっても紛争や破壊活動を起こしています。仮に500年後に、もっと優れたヒト種が登場しても、それは私たちではないでしょう。

一方肯定派は至って楽観的です。人間の生活水準は、この50年で著しく上昇し、極貧人口は、世界の10%まで減りました。病気による死亡率も急減して、寿命は伸びました。環境問題はあるが、人類は必ず解決してゆくでしょう。人口爆発にはならない。豊かな教育と健康を求めて出生率は下がるからです。農業の生産性が上がり、地域的に飢饉があっても世界経済と流通でカバーされます。豊かな国ほど環境を改善し、犯罪組織を監視し、市民を教育し、医療が充実して、愚かな戦争には関わりません。ムーアの法則はゲノミクス、神経科学、人工知能にも当てはまります。かってのローマ帝国の時代とは違うのです。

しかし否定派は、世界史における最悪の災禍は、完璧主義の信奉者が、頭で考えたことを実行しようとして引き起こしたこと。人間の脳は不完全で、理性があっても愚かさはなくならない。リスクの性質が変化したことに恐怖しなければならないといいます。それに対して肯定派は、現代はコミュニケーションの加速が進歩を早めていること、バイオメデカル革命が人類を救いつつあることを挙げました。すかさず否定派が反論します。世界的なコネクテビテイが高まることこそ危ない。致死的な有機体やウイルスが猛スピードで広まるパンデミックを生むだろう。科学万能主義は誤りやすいと。
ここで理性で測れない問題の話になりましたが、哲学や芸術の助けを借りながら、運命論に惑わされず、努力を続けることこそ重要だとして、このデイベートは終わりました。
聴衆の投票結果は、肯定派が71%→73%、否定派は29%→27%と変わったそうです。「了」

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