「ヒトはどこまで進化するか」エドワードOウイルソン著 2017年7月16日 吉澤有介

- 小林由香利訳、亜紀書房2016年7月刊
著者はアメリカの著名な進化生物学者で、アリの研究から出発して1975年に社会生物学を提唱し、ヒトの社会行動を論じて大きな話題となりました。本書の原題は、The Meaning of Human Existence で、壮大なヒトの進化史についての自らの主張を熱く語っています。
ヒトは、宇宙の中で特別の地位を占めているのでしょうか。近年の生物学は大きく進展しました。ヒトは、無数の可能性がある現実から一連の出来事の積み重ねによって、全く独自に登場したのです。種の生物学的進化と、先史時代以来の環境をあわせて、個体選択と集団選択の葛藤による、ヒトの生物学的特徴がほぼ明らかになりつつあります。
生物学者は、人間の高度な社会行動の生物学的起源が、他の動物界の昆虫や哺乳類にもよく似ていることに気づきました。複雑な社会は、真社会性から生まれました。集団のメンバーが数世代を通して子育てをする。彼らはまた分業をして、一部の個体が自己を犠牲にして他のメンバーの繁殖に貢献してきたのです。それは極めてまれな種にだけ起こったことでした。過去4億年の進化の系統のうち、昆虫、海洋性甲殻類と、地中性げっ歯類で19回のみ、ヒトを入れて20回しかなかったのです。真社会性の高度な社会行動は、一たん実現すると大きな成功を収めました。昆虫のアリとシロアリの2種だけで、体重では世界の昆虫の半分以上を占めています。ではなぜこれほどのメリットがあるのに、他の多くの種に起こらなかったのか、それはどうやら進化の途上で、敵から守る巣をつくったかどうかだったようです。守られた巣を拠点にすると小規模の結びつきが生まれ、原始的な群れ社会に発展してゆくのです。霊長類では唯一ヒトだけが、真社会性に到達しました。その原因は、一つは血縁関係が利他的行動を呼び、その遺伝子が増えて繁殖したという包括適応説で、もう一つは、同じ集団内の競争と協力による個体選択と、他の集団との闘争と提携による集団選択があったとする自然選択説があります。しかし前者は実際には稀のようでした。個体選択と集団選択が、人間の社会的行動に明らかに表れていたのです。
一方アリの社会には超個体的行動がみられます。軍隊アリは、巣から20mほどの範囲に隊列をアメーバのように展開します。その超個体の構成単位は細胞ではなく、6本の脚を持つ個体ですが、互いに完全に利他的に協調するので、生物個体の細胞と組織の組み合わせにそっくりなのです。行く手の地面にいる昆虫やクモなどをあっという間に捉えて巣に運び、全員の食糧にする。ワーカーはすべてメスです。オスはごく少なく、女王に受精させたらすぐ死ぬのです。老いたメスから順に前線に出て死に、病アリも外で死にます。巣に迷惑をかけないようにして仲間を守るのです。ハキリアリの社会は更に複雑で、切り取った葉を巣に運び、、スポンジ状に加工して菌を培養しその菌を食べます。死んだ仲間も食糧にする。すべてが分業です。その協業と利他的行為は、ほぼ本能に支配されているのです。それに対して人間は、文化的伝播で行動していますが、かなり利己的でもあります。無条件には従わない。その集団との葛藤を乗り越える生き方とはどのようなものなのか。自然科学と人文科学は、統合して新しい領域を拓いてゆく段階にきたようです。「了」

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