フンころがしの生物多様性 塚本珪一著 青土社

  著者は京都御所のすぐお隣に生まれ育って虫屋になり、やがて京都学派
の今西錦司の薫陶を受けた。
今西錦司の自然学は、
1941年の「生物の世界」にはじまり、1987年の
「自然学の提唱」に至り、彼の「棲み分け理論」は成熟期の経営戦略として
ビジネス界でも広く知られている。
今西によれば
「われわれの世界はじつにいろいろなものから成り立っている。
いろいろなものからなる一つの寄り合い所帯と考えてもよい。
ところでこの寄り合い所帯の成員というものが、でたらめの得手勝手な烏合
の衆ではなくて、この寄り合い所帯を構成し、それを維持し、それを発展さ
せてゆく上に、それぞれがちゃんとした地位を占め、それぞれの任務を果た
しているように見える」
と宣言している。
その歴史を辿ると、「近代博物学時代」「エコロジー時代」「博物学復活時
代」となるだろう。
 著者はその今西「自然学」を原点として、フンころがしコガネムシ類の研
究者となった。糞虫と呼ばれるこの甲虫は、動物の糞や腐植質、菌類などを
食物としている一群である。
皆さんもファーブルの昆虫記などで、すでにお馴染みであろう。
古代エジプトの昔からスカラベ(聖なる甲虫)として多くの物語の主役にな
っている。
復活のシンボルであった。
 日本には約160種の糞虫が生息しているという。
著者はその地理的分布の推移を追究して、自然環境の構造変化をとらえよう
と考えている。
そのための調査は、奈良若草山原生林から北海道、沖縄など全国に及び、そ
れぞれの地方で動物のフンに集まる糞虫の種類を一つ一つ同定してゆくとい
う、全く気の遠くなるような仕事である。
本書の大半はその調査行の詳細な記録で占められている。
読み進むうちにいつの間にか糞虫が、親しい友達のような気がしてくるから
不思議なものだ。
 著者はこの研究をもとに21世紀「生物多様性社会」の構築を考えている。
その生物生息空間モデルはマンダラとして表せるという。
マンダラは宇宙であり、世界観であるというが、著者にとってマンダラは自
然景観であり、生物生息空間の一表現モデルである。
 日本において生物多様性国家戦略が発効されたのは1996年であった。
さらに新戦略が打ち出されたのは
2002年であったが、生物多様性についての
認識が固まらないまま現在に至った。
経済・開発優先の国家戦略とあまりにも矛盾したからだ。
生物多様性がなぜ大切かをひとことでいえば、「生きものたちはすべてつ
ながり、その一部が切れることによって、すべてが破滅への道を辿る」とい
うことなのである。
生と死の連鎖であることを知らなければならない。
COP10のにわか評論家たちに聞かせたい話であった。
著者は1930年京都市生まれ、応用昆虫学専攻、北海学園北見大学教授、平
安女学院大学教授などを歴任、現在日本山岳会京都支部長、自然活動の指導
者として全国各地で活躍している。
著書には「日本糞虫記」、「自然活動学」など多数がある。
          2010.10.15  要約 吉澤有介

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